監禁立場逆転モノ
元彼くんに監禁されて依存した少女の話。
――ガチャリ。
玄関から鍵を回す音が聞こえた気がして、私はぴくりと身を震わせる。半覚醒した意識を総動員して耳をそば立たせれば、幾許の間を置いて扉が開かれたのがわかった。更に十数秒も待てば、居室と廊下を繋ぐドアが押し開けられ、一週間は溜め込んだであろう古く重たい空気が我先にと外へ流れ出す。
散りばめられたゴミを踏み分けながら慎重に近付いてきた足音が、そんな部屋の中で一番のゴミ同然に倒れ伏す私との間に僅かばかりの距離を残してぴたりと止まった。
「……まさか死んでるわけじゃねぇんだろ」
深呼吸を何度か繰り返した足音の主から、吐き出すような、或いは絞り出したかのような、そんな声が降ってくる。それはしかしよく知る声だった。違えるはずもない、二年間を共に過し、一時は添い遂げることも考えた男の声だ。私が惚れて、私が振った、私の愛した彼の低い声だった。
生気の欠片も宿っていなかった能面の顔に笑みを浮かべ、じゃらり首から垂れた鎖をこれ見よがしに揺らして迎え入れるまでもなく部屋の中央に立つ彼に歓迎の意を示す。
「あは、心配してくれるんだ」
私は彼にそう告げたのだけれど、かれこれまる三日間はろくなモノを口に出来ていなかった弊害か、喉から零れたのは随分と嗄れた音だった。だからか、彼は些か不快そうに眉根を寄せると、手に提げていたビニール袋をどさり数少ない足の踏み場を埋めるように乱雑に転がした。中から覗くのは待望の飲食物の数々だ。しゃがみこんで袋を漁った彼は白くて美味しい最上のカルシウム飲料を内包したペットボトルを寄越してくれる。
放物線を描いたペットボトルが床を跳ね、滑り、手元に届いたそれの蓋を力の入らない両の手でどうにかあけて、縛られた手でごきゅごきゅと景気よく喉を鳴らせば、その大半は服に染みを作ってしまったけれど、漸く無い胸の内から元気が漲るのが理解出来た。
「ありがと、やっぱりキミは優しいね。」
リベンジマッチとばかりに発した言葉は目を伏せて黙々と菓子パンを食んでいた彼を反応させるに至り、私は取り戻したあらん限りの活力で以てふらり立ち上がれば、そのまま倒れるようにして彼に寄り掛る。
「でも――」
顎を彼の肩に乗せ、耳元に弱々しい声で囁く。
「――でも私は前みたいに献身的にお世話して貰いたいな」
ひっ、とこちらを向いた彼が小さく悲鳴を漏らす瞬間を見図り、私はニコリと笑みを深めた。
「それちょうだい」
そうして私は、小さく開いた彼の口に舌を挿し込み、彼が咀嚼して柔らかくしてくれたものに彼の唾液をたっぷり絡ませ、嚥下する。二度、三度、肺の中の酸素が空になるまでぴったりと密封した口の中で互いを交換する。
「ごちそうさま」
ぷはっ、と大きく息を吐き出し、彼との間に架かった銀糸を断ち切りそう宣言すれば、腰を抜かした彼がそのままの姿勢で後退り、床に突っ伏した私に向けて糾弾した。
「おかしいよ、お前!俺が、俺が好きだったのは!!」
だけど、その意見は到底許容できるものでは無かった。疑問を表現する為に首を傾げて見せる。彼の所有物の証である鎖が擦り合わさって音を鳴らす。
じゃらり、じゃらり。
「おかしい?おかしいってなに?」
じゃらり、じゃらり。
「過去の私も今の私も、どっちも同じ私だよ?」
じゃらり、じゃらり。
「だけどもしおかしなところがあるとすれば、それは私を監禁したキミの責任」
じゃらり、じゃらり。
「あの時はすごく怖かったな。思い出したら声を上げちゃいそうなくらい。」
じゃらり、じゃらり。
「嫌がる私の身体を洗ったりもしたよね。もうお嫁さんに行けないなぁ。」
じゃらり、じゃらり。
「思い出したら恥ずかしくなってきちゃった」
じゃらり、じゃらり。
「しっかり責任、とってもらわなきゃ、ね?」
じゃらり、じゃらり。
――じゃらり、じゃらり。
――――じゃらり、じゃらり。
ヤンデレ難しい。