18-3 三人の訪問者
門を押し開けて入ってきたのは、三人の人と二頭の馬だった。彼らがこちらに向かって近づいてくるにつれ、人物像がはっきりとしてきた。
先頭に立つのは体格の良い若い男性で、騎士の恰好をしている。後ろの二人は女性だ。一人は黒髪を後ろ頭で一つ結びしていて、馬を率いている。サーコートを身に着け、腰には剣を携えているところから、巷で話題の女性騎士だろうか。
そしてもう一人の女性は、小柄な少女だ。白いローブを羽織り、明るいピンクブラウンの髪をなびかせて歩くその姿を見て、私はふと引っかかる。
──ピンクブラウンの髪?
答えは出ぬまま、私は慌てて椅子から立ち上がる。彼らが誰だか分からないけれど、この屋敷の人間でないからといって、知らんぷりというわけにはいかない。
彼らが私の前までやって来ると、まず初めにデボラさんが口を開いた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
そう言って頭を下げる彼女を見て、私は目を見開いて、騎士の男性を見上げた。
「ただいま。長い間、留守にして悪かった」
彼はそう言って、デボラさんに微笑んだ。思わず目を閉じてしまったくらい、その笑みがまぶしく感じたのは私だけだろうか。いや、誰が見たって同じ反応をしただろう。そのくらい、笑顔のまぶしい好青年だった。
「……ソフィア」
その彼が、次に私の方を振り向き、私の名を呼んだ。私はドキッとして、身を固くした。
「久しぶりだね。いつぶりだろう」
「……ご無沙汰しております。飼い始めたテオを紹介させていただいたのが最後と記憶しておりますから……14、5年ぶりになるでしょうか」
最後まで噛まずにそう言えたことに一人心の中でホッとしていると、相手は意外そうな顔をした。
「あれっ。子ども時代以来なのに、俺が誰だか分かるんだ? 俺の正体、サーレットから口止めされていたんだろう?」
「はい。お世話になっているお屋敷のご主人の正体を突き止めるのに中々苦戦しておりましたが……つい数日前に気付いたところなんです、レジナルド様」
正直にそう白状すると、彼──レジナルド様はフ、と微笑んだ。その笑みの眩さに、私は思わず目を細める。
ところで、こうして改めて見ると、彼のゴールドの髪とヘーゼルの瞳が、あの頃の記憶と完全に一致する。今やすっかり大人の男性らしい凛々しい顔つきとなっているけれど、子どもの頃の面影は微かに残っている。
次の瞬間、ドキリとした。レジナルド様が屈み、私の片手を取ったからだ。
「正解だ。麗しく聡明なレディにご挨拶を」
そう言うと、レジナルド様の唇が私の手の甲に近付いて行く──。
「リリーに触んな」
触れる一歩手前、体ごとグイと引っ張られ、私の手はレジナルド様から解放された。
後ろを振り返ると、いつの間にか屋根から下りてきたライジーが、牙をむき出しにしていた。まさに威嚇の表情で、レジナルド様を睨みつけている。
突然の事態に、その場の全員が凍っている。焦った私は、慌ててライジーに説明をした。
「ラ、ライジー? これは、その、大丈夫よ」
「でも、リリーの兄ちゃんもバーサンも、リリーに触っちゃいけねえって言ったぞ」
あぁ……。確かにそうでした。
でも、ライジーがそう言うのも無理はない。本当に人間が決めたルールというものは小難しいと思う。
私は短く一度息を吐くと、ライジーに優しく説明した。
「これはね、貴族の挨拶だからいいのよ。特にレジナルド様は幼なじみだし──」
けれど、ライジーの顔は全く納得していない様子だった。
そしてライジーの姿を見て、私はハッとする。獣人の特徴を隠すことなく、レジナルド様方の前に出てきてしまっている。ライジーのことは事情を前置きしてから紹介しようと考えていただけに、思いもよらない展開だ。
厳罰、という言葉が頭をよぎる。
こうしてライジーの存在を知られてしまったからには、私はライジーと引き離され、厳罰に処されるだろう。もちろんその覚悟はできている。人間界に魔族を引き入れるという大罪を犯したのだから。
けれど、私の我儘に付き合ってくれただけのライジーは一体どうなるのだろう。彼が無罪放免となる可能性は? 無事、魔界に戻れる可能性は?
そしてライジーの存在を黙秘してくれたお兄様、それにデボラさんとラピドスさんにも迷惑をかけてしまうのは確実だ。お父様やお母様、マクネアス辺境伯家の名に傷を付けてしまうことも……。お兄様とヴァレリアお義姉様との婚約にも影響を及ぼすのは間違いない。
罰せられるのが私だけなら、どんなに救われるだろう……。
何ということを私は仕出かしてしまったのだという後悔と不安が、心の奥底で膨らんでいく。
一瞬の合間の思考で一人顔を青ざめていると、レジナルド様が口を開いた。その声で、私は我に返った。
「……君がライジーか。サーレットから話は聞いているよ」
ライジーの礼を欠いた行動に嫌な顔ひとつ見せないのは、さすがは侯爵家のご出身と言うべきか。
一方でライジーは、レジナルド様が立ち上がると、自分の背後に私を押しやった。レジナルド様の一挙一動を見逃すものかと睨みつけ、相変わらず敵意むき出しだ。
この険悪な雰囲気をどう収めたら……そして、ライジーのことをどう説明しよう……と私がみっともなくオロオロしていると、意外なところから声が上がった。
「ねえ。いつまで私を放ったらかすワケ?」
ライジーの背から声がした方を覗くと、ピンクブラウンの髪の少女がむすっとした顔でレジナルド様を睨んでいた。
「おっと、これは失礼」
レジナルド様が横に退くと、少女が私の前に出てきた。私より少し年下のように見える彼女を見て、私は思わずため息が出てしまった。輝くような色味の髪、そして愛くるしい顔。なんて可愛らしい人だろう。
私がぼうっと彼女を見つめていると、レジナルド様がとんでもない情報を投げ込んできた。
「こちらは第七代聖女、アリア・オラトリオ様だ」




