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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第三章

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18-1 銀世界での楽しいひと時


 冬の寒さは極まり、降り積もった雪は辺り一面を白く染め上げる──。


 この日は珍しく雪が止んだので、私たちは庭園に出ていた。


 私は庭園の片隅に立ち尽くし、この銀世界を眺めた。雪は見慣れたものだけれど、つかの間の日差しを浴びてキラキラと輝くこの世界はなんと美しいのだろうと、思わずため息が出た時、後ろからデボラさんの声がした。


「ソフィアリリー様、お寒くはありませんか?」

「はい。デボラさんが色々用意してくれたおかげですね」


 私はそう言って、微笑んだ。


 分厚いコートやマフラー、手袋に至るまで、質の良い防寒具を、しかも何着も用意してくれたデボラさんには本当に感謝だ。身一つでここに来た私に対して、本当に良くしてくれている。


「……対してあちらは、見ているこちらが凍えてきそうですがね」


 そう言ってデボラさんが視線を遣った先には、いつもの薄い毛皮しか着ていないライジーがいた。デボラさんはライジーの分の服や防寒具も用意してくれていたのだけれど、「動きにくいから要らね」と突き返されてしまったらしい。


 そしてそのライジーは、何故か先ほどから雪の上でじっとうずくまっている。けれど次の瞬間、ライジーがバッと何かに飛びかかるのが見えた。


「おーい! リリー!」


 ライジーはパッと明るい顔で私の姿を見つけると、手の中に何かを握り締めたまま、私の方に駆け寄ってきた。


「これ、やる!」


 そう言って差し出してきたのは、山鳩だった。もう息の根を止められているのか、ピクリとも動かない。


「ありがとう……」


 私は出来る限りの笑顔で、それを受け取った。


 このお屋敷にやって来てからというもの、ライジーは毎日こうして私に「贈り物」をしてくれる。それは鳥だったり、ウサギやイタチだったり、こうやって庭園にやって来た獲物をしとめては私に贈呈してくれるのだ。


 絶命したばかりの動物たちを間近で見る機会なんて今までほとんど無かったから、怯まないと言ったら嘘になる。


 けれどこれはライジーの嫌がらせなどではなく、完全なる善意からの行動だというのは理解しているから、私は毎度、彼の贈り物を笑顔で受け取るのだ。きっとこの贈り物は、家と愛犬を失った私に対する、獣人である彼なりの励ましなのだろう。


 そういうわけで、贈られた動物たちの命は有難く頂いている。肉はデボラさんにお願いしてお料理に使ってもらうし、毛皮や羽は何かに使えるかと思って取っておいている。


 その時、ライジーが屋敷の敷地外に続く森を見ながら、ポツリと一言。


「……森に入れたら、熊とか猪とかもっとデケーの、獲ってこれるのになぁ」


 何気に凄いことを言うのが聞こえてきたのだけれど、私は聞こえないフリをした。少しでも期待している素振りを見せたら、ライジーは意気揚々と狩ってくるに決まっている。さすがにそんな大物、私もデボラさんも手に負えない。


 その時、次の獲物(小鳥)を見つけてじりじりと近づいていくライジーの後ろ姿を見ながら、デボラさんがため息を吐きながら言った。


「まったく……うちの庭園を狩り場か何かと思っておりますねアレは。小鳥のさえずりが自慢の庭園だというに、このままではライジーのおかげで小鳥も小動物も寄り付かぬ物寂しい庭園になってしまいますよ」

「あ、あはは……」


 私が苦笑いしかできないでいると、デボラさんは少しだけ目尻を和らげて、続けた。


「でも、ま……こうして見ていると、本当に魔族なのかと疑いたくなるほどの害の無さなんですねぇ」


 その言葉を聞いて、私は少なからず嬉しくなった。つい先日までは彼女とライジーの間には種族の違いが原因の壁が立ちはだかっていたのに、今ではそれはすっかり取り払われ、ライジーを名前で呼んでくれるようになっていたからだ。


 それどころか、木の枝を投げてはライジーに取ってこさせようとしたり、「伏せ」や「お座り」などのしつけをライジーに覚えさせようとしたり、ライジーの隙をついては耳や尻尾に触ろうとしたり、まるで犬に対するような関わり方がちらほら見られる親しみ具合だ(ライジー耳や尻尾のふわふわ具合がたまらなくて、デボラさんがそうなってしまうのは私にもよくわかる)。


 だから油断したのだと思う。ライジーに対して気安くなってくれたなら、私に対しても気安くなってくれるかと思って、こんなことを言ってしまったのは。


「ところで、あの、デボラさん……私のことも、気軽にソフィアと呼んではいただけませんか? ソフィアリリーと呼ばれると、何だか緊張してしまって……」

「いくら年を食っているからといってこのデボラ、貴族のお嬢様を軽々しくお呼びするほど、まだ耄碌しておりませんよ」

「で……ですよね、すみません……」


 デボラさんの真顔を見て、我に返る。ソフィアリリーと呼ばれると、社交界に居た頃のあの窮屈な日々を思い出してしまうからといって、それを他人様の使用人に強いてはいけなかった。


 使用人にそんなことで気を遣わせるなんて、本当に私は貴族として不適格だ。自分の不甲斐なさにしゅんとしていると、デボラさんがさらなる追い打ちを仕掛けてきた。


「それにソフィアリリー様こそ、私のことはただのデボラとお呼びくださいと先日申し上げたはずですが」

「う……はい……面目もありません」

「ですが、それがソフィア・・・・様のご所望ならば仕方がないですね」

「……え?」


 聞き間違いかと思って顔を上げると、デボラさんが半ば呆れ混じりの微笑を浮かべていた。


 デボラさんとの距離が縮んだ気がして、じわじわと嬉しさが胸にこみ上げてくるのを感じていると、突然向こうの方でドスッという重厚な音がした。


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