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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第三章

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17-6 認識合わせ



 デボラさんが用意してくれた紅茶を前に、私とライジーは並んで座っている。気を利かせてくれたのか、デボラさんとラピドスさんはそそくさと部屋を出て行ってしまった。


 ……そう。思い出してしまったからには、ライジーにきちんと確認しておかなければならない。あの時のことを。


「あの……あのね、森の小屋でのことなんだけど……ライジーが私に水を飲ませてくれたのよね? その、口……移し……で…………」


 尻すぼみになってしまった私の言葉に、ライジーはためらうことなく答えた。


「ん? そーだけど?」


 ああ。やっぱりその事実は現実のものだったらしい。


 それを認識してしまえば、得も言われぬ感情が私を襲ったのは当然のことで。思わず手で顔を覆っていると、隣からライジーの元気のない声が聞こえてきた。


「やっぱり、嫌だった……のか?」

「ちがうの。これは、何というか、恥ずかしくて…………私、全然、嫌じゃなかったよ」


 両手の隙間から漏れ出た言葉に、はたと我に返る。私は今、なんと言ったの? 自分の素直すぎる言葉のせいで、さらに私の頭に血が上っていく。


 この状況で、ライジーはさらに追い打ちをかけてくる。


「……それって、俺のこと好きってことでいいの?」


 顔から手を離し、そっと振り向くと、ライジーは真剣な眼差しで私の答えを待っていた。


 誤魔化してはいけない気がした。私は覚悟を決めて、一度だけ、深く頷いた。


「……そっか」


 いつものライジーだったら、太陽のようにパッと笑顔になるところだ。


 けれど、今の彼は違った。ホッとしたような顔を一瞬だけ浮かべると、柔らかく微笑んだ。


 そして、叫び出したいのを我慢するように、口の端に嬉しさを残したまま、口をキュッと結んだ。まるで私の気持ちを噛みしめているかのように。


 私はそんなライジーを見て、胸がキュッと締め付けられた。


 どうしてそんなに嬉しそうな、優しい顔をするの?

 ライジーも、私のことを特別な人だと思ってくれているの?

 あなたの最愛の人になりたいと、ライジーもひそかに願っていたりするの??


 聞きたいのは山々だったのだけれど、私はこれら全ての言葉を飲み込んだ。もし違っていたらと思うと、こわくて聞けなかった。


 私が一人、悶々としていると、隣から妙に上ずった声でライジーが言った。


「リリーあのさ……あの日は結局、行けずじまいだっただろ? 見せたいものがあるって言ってたヤツ」

「え? ……あ、ピクニック?」


 そういえば、ライジーとそんな約束をしていた。あんなに楽しみにしていたのに、いろんなことがあってすっかり忘れていたのだ。


「もう少し落ち着いたらでいいからさ。また……行こうな?」

「うん、それはもちろん」


 行きたいに決まっている。ライジーが何を見せてくれようとしていたのかも気になるし、また以前のようにあの楽しく、穏やかな時を彼と過ごしたい。


 けれど、この話の流れでなぜ突然その話が出てくるのかがわからなかった。


 何か意味があるのか……と私が考えていると、すっかりいつもの調子に戻ったライジーがテーブルの上に置いたままだった本──“勇者”を手に取り、パラパラとめくり始めた。


「そういや、本、途中だったな。なあリリー。あのバーサンもああ言ってたしさ……続き、読んでくれねーの?」


 上目遣いでそうねだってくるライジーには勝てない。私は息をつくと、ライジーの持つ本に目を遣った。その時だった。


「……あれ?」


 ライジーが頁をめくるその一瞬、どこかのページに何かを見た。しかも、何故だかそれに既視感を感じたのだ。


「ごめん、ちょっと貸してくれる?」


 私はライジーから本を受け取ると、急きたてられるようにめくり始め、先ほどの頁を探す。


 そして、それは本の後半のとある頁にあった。


「リリー? どうしたんだよ?」


 ライジーが顔を近付けて、開いた頁を覗き込む。そこには、二人の登場人物の挿絵があった。


 そしてその立ち並ぶスピアとグレイヴの間に、幼子が描いたようなラクガキで、もう一人の人物が描き足されていた。それはスピアとグレイヴより背丈が小さく、お姫様のようにも見えた。その足元には拙い筆跡で“ソフィー”という文字も。


  すっかり忘却の彼方にあった記憶が、段々とよみがえってきた。結論から言うと、やはりライジーの鼻は間違いなかった、ということだ。


 この本は、確かに私の物だった。そしてこのラクガキは、昔の私が描いたものだ。


 同時に、お兄様もデボラさんも決して教えてくれなかった、このお屋敷のご主人の正体が、今わかってしまった。


 このお屋敷に並の貴族では持っていないような物がちらほら見られたのも、ここのご主人に対してお兄様の言動がやけに気安かったのも、全て納得がいく。


「リリー?」


 ライジーが不思議そうな顔で私の顔を見てくる。そのいとしい顔に、私はハッと我に返る。


「あ……ごめんね。少しぼうっとしちゃった」


 私の頭はいまだ昔の記憶の中に浸りながらも、先ほどの続きを読み始める。


 この時の私はまだ知るはずもなかった。


 後日、とんでもなく尊いお方と共に、その記憶の中の彼と会うことになるなんて。



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