17-4 いつものように笑って
ここで言葉を止めると、私は感慨にふけった。
……ああ、そうだったんだ。
昔から読んできた冒険物語に勇者はつきもので、その存在は概して、立ちはだかる巨大な敵に対しても怯まない「勇気ある者」だった。
だからこそ、スピアの言うような「勇者」は私の中で新しい意味付けとなった。もしそれを基点として考えるならば、「勇者」は選ばれし者だけではなく、誰でもなり得るものになるだろう。
──恐れてもいい。逃げ出してもいい。どんなにみっともなくても、最後に立ち向かえば、その人はもう「勇者」だ。
……ということは、勇者から程遠く見える私でも「勇者」になれる?
何だか不思議で、可笑しくて、でも未来に一筋の光が見えて、私がクスッと笑った時だった。
「……『乗り越えて行動するやつのこと』……。……やっぱ、このままじゃダメだ」
突然ライジーがボソッと呟いたので、私はきょとんとした。その時、ライジーが何か覚悟を決めた目で私をじっと見つめてきたので、思わずドキッとしてしまう。
「リリー、あの時の話だけど」
「あの時……?」
そこで、私はピンときた。あの時とは、このお屋敷に来た夜の、ライジーが自責の念を打ち明けてくれた時のことだ。
「俺のせいなんだ、リリーの家があんな目に遭ったのは。俺が人間界に出入りしてたのを、他の魔族らに目を付けられてたんだ」
可哀そうなくらい耳をしゅんと垂らして、ライジーはそう呟いた。
「えっと、つまり、私の家を燃やしたのは魔物……ってこと?」
ライジーはこくんと頷くと、続けた。
「あの日、ガキどもを連れていったろ? あの時のアイザックは偽物だ……魔法でアイザックに化けてたんだ」
「アイザックが?」
私は驚いた。どこからどう見ても愛らしい獣人の子どもにしか見えなかったあの子の正体が、他の魔族だったなんて。
「それでリリーの存在が奴らにバレた。俺が気付かなかったせいで──いや、そもそも俺がガキどもを連れてきたのが悪かったんだ……。リリーを危険にさらして、ワンコロだってそれで……」
その先は口をつぐんでしまったライジーを見て、私の胸は締め付けられた。
──ああ。なんて酷い話だろう。ライジーはあの日からずっと、ただ一人、罪の意識に苛まれてきたのだ。
「ライジー、話してくれてありがとう。自分のせいだって、ずっと苦しかったのね」
気付くと、私は隣のライジーを頭ごとギュッと抱き締めていた。
「でも、私はこの通りもうピンピンしてるし、家だってまた建て直せばいいだけよ。子供たちとの出会いも後悔していないわ。テオのこともね」
その時、胸の中でライジーの熱い息が震えた気がして、そっと彼の頭を撫でた。
「それにね、私の家がああなってしまったから、改めてライジーとお兄様の強さや優しさに触れられたし、デボラさんやラピドスさんのような優しい人たちにも出会えたの。そう考えると、災難もそんなに悪くないものでしょ?」
「……そりゃさすがに楽観的すぎんだろ……」
「フフ、そうかな」
ライジーがボソッと呟くのが聞こえて、私は少しホッとしたのと同時に、くすりと笑ってしまう。
「ね。ライジー、いつものように笑って? 笑っていたら、元気が出てくるよ」
かつて貴族社会からこぼれ落ちた私が、ライジーの笑顔につられて元気になったように。今度は私がライジーを元気にする番だ。
ライジーはのそのそと顔を上げると、じとっとした目で私を見た。赤く潤んだ、琥珀色の大きな瞳が、ライジーと初めて出会った日を思い出させる。ライジーが泣くのを見たのは、あの日以来かもしれない。
「……そんなこと言われたって、笑えねーよ」
「ほらほら、そんなこと言ってないで」
渋るライジーに再び催促すると、ライジーは少々迷った後で、顔をくにゃりと曲げてみせてくれた。
「こうか?」
「……へんなかお」
せっかく無理を聞いてくれたというのに、笑うなんて最低だ。そう思うのだけれど、ライジーの作り笑顔を見た瞬間、私はたまらず小さく吹き出してしまった。
「ひでえ」
「ご、ごめん」
しまった──と思った次の瞬間、ライジーが笑った。今度こそ、いつもの屈託のない笑顔で。
「いいよ。リリーの言う通り、元気出た」
その言葉に偽りはないのは、その表情で分かった。
……本当に良かった。元気のないライジーを見るのは忍びなかったから。
この件に関して言えば、ライジーは悪くないと私は本当に思っている。むしろ悪いのは私かもしれない。わざわざ結界近くの辺境地に住んでいたのだから。
魔物が私の家を襲ったのも、ライジーと面識があった人間かつ結界付近にあったからであって、意図せずそうなったのだろう。
だから、ライジーが思いつめる必要は全くないのだ。




