17-3 ”勇者”
──緑豊かで広大な王国、その中のとある村に、二人の少年がいました。
一人はスピアといい、村の誰よりも勇敢な少年でした。そしてもう一人は、グレイヴ。村の誰よりも臆病な少年でした。対照的な彼らでしたが、とても仲の良い友人でした。
──彼らはいつか二人で世界を股に掛けた冒険の旅に出るため、切磋琢磨し、修業を重ねました。やがてスピアは一人前の魔法使いに、グレイヴは一人前の戦士に成長し、二人は旅に出ました。
うん、うん。これから、この二人にどんなことが起きるのだろう。
ライジーも同じことを考えているようで、続きを急かすようにちらっと私を見た。
私は剣や魔法を扱えないし、冒険の旅に出ることもできないけれど、本を読めば私もそれができる。私はワクワクしながら、次の頁を読み始めた。
スピアとグレイヴは旅を続けるうちに、「勇者」という称号が存在することを知る。それは王国に蔓延るモンスターを退治した勇気ある者に贈られる栄誉ある称号だった。
二人が「勇者」になることを夢見ていたところで、事件は起きる。
──そんな時、平和な王国に危機が訪れました。悪魔鳥、フェニックスが王国を襲ったのです。
王様はフェニックスを退治する勇者を募りましたが、名乗り上げる者は一人もいません。そこで勇敢なスピアはグレイヴに言いました。
「このままじゃ俺たちの国は滅びてしまう。誰もいないのなら、俺たちがフェニックスを倒しに行こう。俺たちが勇者になるんだ!」
それを聞いた臆病なグレイヴは、正直に言うと、フェニックス退治になど行きたくはありませんでした。確かに「勇者」に憧れてはいる。けれど、フェニックスは不死鳥とも言われるほど強大な相手。敵うはずがないと思ったのです。
でもフェニックスを野放しにいておいては、どの道自分たちもやられてしまうでしょう。それならば仕方ないと、グレイヴは渋々スピアについていくのでした。
そこまで読むと、私はふと顔を上げ、私なら完全にスピアではなくグレイヴの立場になっていただろうな、と考える。グレイヴのような勇敢さを私は持ち合わせていないからだ。
対してライジーはきっとスピアのように振る舞うのだろうな、とも思った。ライジーは勇敢だし、どんなことにも立ち向かう心の強さを持っているから。
……と、こんなことを思うのは私がライジーに好意を抱いているからかもしれないけれど。わずかに赤くなった顔に気付かれないうちに、私は続きを読んだ。
──旅の果てに見つけたフェニックスは、かなりの強敵でした。
灼熱の炎をはき、鋭いかぎ爪と風切羽で全てを薙ぎ払います。まさに息もつかせないほどの猛攻です。しかもフェニックスを剣で斬ろうとしても、たちまちその躰が炎に変わり、斬ることさえかないません。
このフェニックスを前に、スピアはグレイヴに作戦を伝えます。
「勝機は一つ。俺の大魔法をぶっ放すしかない。でも大魔法を出すには少し時間がかかる……。その間、おまえが前線であいつの相手をしてくれ」
──さっそくスピアはグレイヴの後ろで魔法の詠唱を始めます。グレイヴもよろよろとフェニックスに向かい合い、剣を握りなおしました。
けれど、目の前のフェニックスはとても恐ろしく、後ろにスピアが控えているとはいえ、たった一人で立ち向かう勇気は出てきません。
次の瞬間、グレイヴは恐怖で叫びながら、一目散に逃げだしてしまったのです。その場にスピアを置いたまま。
「あ……」
ズキ、と胸が痛む。物語の中の話とはいえ、仲間の裏切りシーンを見るのは辛い。
でも続きを読まなければ。
こわばった声で、私は続ける。
──スピアはグレイヴの行動に驚きましたが、そちらに気を取られている場合ではありませんでした。目の前に炎が迫っていたからです。一度詠唱をやめると、代わりに炎を防ぐ魔法を張り出しました。
安心したのもつかの間、炎にまぎれて襲い掛かってきたのはフェニックスの巨大な風切羽でした。スピアはこれに吹き飛ばされてしまいました。
なぎ倒されたスピアの前には、フェニックスがすぐそこまで迫っています。スピアひとりではまともに戦うことさえかないません。
もうここまでかと思ったその時、スピアはそばの岩陰に引っ張りこまれ、難を逃れました。スピアを助けたのは戻ってきたグレイヴでした。
──「ごめんスピア……、本当にごめん。仲間を置いて敵前逃亡なんて、僕は最低な人間だ」
「グレイヴ……」
「どんなに剣の腕を磨いても、しょせん僕は臆病者。僕は勇者になんかなれない。君みたいに勇敢じゃないんだから……」
「君は勇者だよ」
スピアははっきりそう言うと、涙を流すグレイヴの肩に手を置きました。
「グレイヴ、よく聞け。勇者とは恐れないやつのことじゃない。恐れたとしても、それを乗り越えて行動するやつのことだ。だからフェニックスを目の前にして俺を助けにきてくれたおまえは、もう立派な勇者なんだぜ」




