17-2 本棚の裏から
客間の壁際には大きな本棚が幾つかあるのだけれど、そのうちのひとつ──たくさんの本が詰まっているのでかなりの重量だというのに、ライジーがそれを物ともせずに持ち上げていたからだ。
「ララライジー!?」
ライジーの気が触れたのかと思って焦った次の瞬間、ライジーが私に目配せしてこう言った。
「リリー、それ取って」
「……え?」
ライジーの視線の先には、一冊の本が落ちていた。壁際に立てかけた状態なのを見るに、本棚から落ちてしまったものらしい。
そういえば以前も、ライジーが本棚の裏から本を見つけ出したことがあった。ライジーは隠れた物を探し出す名人ね、と私は心の中でクスッと笑う。
私が落ちている本を手に取り、少し離れると、ライジーは抱えていた本棚をズシッと元の場所に置いた。
「はじめは気のせいだって思ってたんだけどよ。やっぱりこの部屋からほんの少しリリーのニオイがするって探してたら、見つけたんだ」
「この本が……?」
手の上の本を、私はライジーと一緒に見下ろした。ライジーの鼻は確かだから、この本から私のにおいがするということは、本当に私が触れたことのある物なのだろう。
本にはうっすらと埃が積もっていたので、軽く叩いて落とすと、改めてじっくりと見た。薄暗い闇の中に、小さな閃光が差し込む──そんなデザインの表紙だ。
「……“勇者”」
本のタイトルを見てすぐに思ったのは、「記憶にない」ということだ。ただ、どこか懐かしい気がするような……?
けれど、やっぱり私の物ではないと思う。ライジーの鼻を疑う訳ではないのだけれど、読んだことがあれば少しは覚えているはずだし、仮に私の物だとしてもこのお屋敷にある理由が見つからない。
それはさておき、私は本を開いてみたくてウズウズしていた。本オタクならば読んだとのない本を前にすれば当然の反応なのだけれど、そんな私に気付いたのか、ライジーがきょとんとした顔で尋ねた。
「読まねーのか?」
「……ちょっと中を確認するくらいなら……いいよね?」
他人様の本を勝手に触ることに後ろめたさを感じるけれど、興味には抗えず、私はその本をゆっくりと開いた。
ざっと見たところ、児童書のようだった。幼児向けの絵本よりも頁数と文字数が多く、挿絵も時折はさまれているだけだ。そして“勇者”というタイトルに当てはまるかのように、挿絵には剣士と魔法使いの二人の少年が描かれていた。
「へー……冒険ものかな?」
冒険物語もまた、私の大好きなジャンルだ。また自由に本を読む環境に戻ることができたら、是非ともこの本を探して読んでみよう。
そう心に誓いつつ、ワクワク心を押し殺しながら本を閉じようとすると、ライジーが耳をしゅんとさせてこちらを見てきた。
「え……読み聞かせしてくれねーのか?」
「……う」
──その顔は、ずるい。それを一目見ただけで、私の自制心はガラガラと崩れてしまった。
「…………一章だけだよ?」
駄目だと思いながらも、私たちはソファーに並んで座ると、二人とも目を輝かせながら初めのページをめくった。実際はそれほど前のことでもないのに、こうやってライジーと一緒に本を読むのが随分と久しぶりに感じる。




