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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第三章

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17-1 ひとつ気になること

 

 サーレットお兄様が旅立ってから一週間が経った。


 お兄様は無事でいるのか、結界の修復は滞りなく進んでいるのか……ふとした時、考えることはある。そして、焼け落ちた家に残してきてしまったテオのことも。


 けれど、デボラさんのかいがいしいお世話のおかげで、私は少しずつ心と体を癒していった。


 どんな相手でもどんなことでもハッキリと物を言うデボラさんとは対照的に、ラピドスさんは人前で喋るのが少し苦手のようだ(私にはとても親近感が湧く人物だ)。けれど、庭園で育てたお花や、庭園に迷い込んできたウサギを見せてくれたりと、いつでも温かい心で私に接してくれた。


 そんな二人のおかげで、私はこの新しい環境に少しずつ慣れていった。


 そして少し余裕ができたためか、私の目標が「何となく元気のないライジーを励ます」ことになった。


 このお屋敷に来た日の夜、ライジーは私に自責の念を打ち明けてくれた。それ以来、ライジーがそのことを話題にすることはなかったし、私もあえて聞くこともなかった。


 けれど、いつもよりライジーに元気がないのは確実だった。どこか上の空でぼうっとしているし、何よりこのお屋敷に来てからというもの、あまり食欲が湧かないようだった。といっても普通の人間以上には食べるので、デボラさんは毎食ごとに驚いているのだけれど。


 今日も食堂で夕食をいただいていると、向かいのテーブルで食事をするライジーを見て、給仕中のデボラさんは呆気にとられていた。


「旦那様もよく召し上がられる方だと思っていましたが……このデボラ、これほどの健啖家は初めて見ますよ」

「す、すみません……」


 普段はもっと食べるんですなんて言えずに、私が申し訳なさそうに謝ると、デボラさんは慌てて首を振った。


「いえ、そういった意味で申し上げたわけでは。見ているこちらが気持ちいいほどの食べっぷりなので、作り甲斐があるということです」

「デボラさん、毎日美味しいお食事をありがとうございます。私もライジーも、毎食楽しみにしているんです」


 私がお世話になっているお礼を改めて口にすると、デボラさんは硬い表情で口を引き締めた。


「勿体ないお言葉でございます。それにソフィアリリー様、何度も申し上げておりますが、どうか私めのことはただのデボラとお呼びください」

「あぁ、そうでした……」


 このお屋敷生活初日に、デボラさんから自分たちのことは「使用人扱いしてほしい」と頼まれていたことを思い出して、私は苦笑いした。それから既に何度か注意されているのだけれど、こうしていまだその癖は直らない。


 デボラさんたちを困らせたくないので直そうとは思っているのだけれど。実家の使用人相手ならまだしも、お世話になっている見ず知らずの方の使用人に対して横柄な態度はできないという気持ちが残っているのだ。普通の令嬢ならそつなくできることができない私は、やはり貴族社会には向いていないことを実感する。


 気まずい雰囲気を打破するため、私は「そういえば、」と切り出した。


「こちらのご主人もよくお召し上がりになるお方なのですね。あの、ご主人はどういったお方なんですか? 兄と親しくさせていただいているみたいですが……」

「ええ、旦那様は──」


 そこまで言いかけたところで、デボラさんはすまし顔でコホンと咳払いをした。


「申し訳ございません。ソフィアリリー様には教えて差し上げることができないのです。サーレット様から口止めされていますので」

「えっ……兄、ですか?」


 その事実に一瞬驚いたけれど、お兄様は何故か私がここのご主人の正体を知ることを嫌がっていることを思い出して腑に落ちた。


 どうしてそれほどまでお兄様は私に教えたくないのか? しばし考え込んでいると、向かいのテーブルからライジーがフォークを置く音が聞こえた。


「ごちそうさまっした」


 いつも私がしている食前と食後の挨拶──私の真似をしているうちに覚えたのだ──がすっかり身に付いたライジーはそう言うと、食べ終わったお皿を重ね始めた。それを見たデボラさんが慌てて止めに入る。


「お、おやめください。私が片付けますので」

「何でだ? 自分の食ったもんなら、自分が片付ければいーだろ?」

「何度も申し上げておりますが、これも使用人である私の仕事なのでございます。ソフィアリリー様のご友人様はどうかそのまま、おくつろぎくださいませ」

「ふーん……ま、何でもいいけどよ」


 ライジーは気にする様子もなく、先に客間に行ってると私に告げると、食堂を出て行った。この一連の出来事を見ていた私は、何となくいたたまれなくなってきた。


 これまで私の家で食事をする時は、私とライジー二人で後片付けをしていた。それをよしとしてきたのは私だ。まさか使用人にもてなされる生活を送るなんて思ってもみなかったからなのだけれど、そのせいでライジーにもデボラさんにも気まずい思いをさせてしまっている。


 私も急いで食事を終えると、デボラさんにお礼を言ってから席を立つ。


 ライジーの待つ客間に向かう途中、考える──人間社会にはその時の状況に応じて行動を変えないといけない時があるということを、ライジーに伝えるべきか。


 けれど、私の我儘に付き合って慣れぬ人間界に身を置いてくれているライジーにここまで求めるのは酷なのでは、とも思う。それに今の元気のない状態の彼にそれを伝えるのも気が引ける。


 ではこのままで、というのもデボラさんに気を遣わせすぎてしまうだろう。ただでさえ見知らぬ私たちを受け入れてくれて感謝の言葉しかないのに、これ以上彼女の心に負担になるようなことはできるだけ避けたいところだ。


 それに、ひとつ気になることがある。デボラさんは私だけでなくライジーのこともお世話してくれているのだけれど、やはりライジーが魔族だからか、ライジーとの間に線を引いているような気がするのだ。


 もちろん面と向かって何かを言うとか、態度に出すといったことはない。けれど、彼女はいつもライジーのことを名前ではなく、「ソフィアリリー様のご友人様」と呼ぶ。いくら人付き合いの苦手な私でも、デボラさんがライジーと距離を取っているのは分かる。


「う~~ん……」


 頭の中でぐるぐる悩んでいると、あっという間に客間に着いてしまった。


「ライジー? ごめんね、待──」


 そう言いながら扉を開けると、目に入った光景に私はギョッとした。


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