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2-4 こぼれ落ちた人間

 


 伯爵夫婦との会話が終わった後も、たくさんの人に話しかけられたけれど、話した内容は皆、伯爵夫婦と話した内容と似たり寄ったりだった。


 そして、その中で何人もの男性から誘われ、お飾りのダンスをする。私をダンスに誘うのはただの社交辞令なのか、それとも何か思惑があるのかは分からない。


 彼らの本心は、作られた笑みと言葉に巧妙に隠されて見えないのだ。


 彼らの生きる社会ではきっと、家の中にこもって好きな本を気の向くままに読むのが好きな「私」は認められない。受け入れられない。



 ──なんて窮屈な世界なんだろう。





 ──貴族社会で過ごすうちに、私は次第に人前で声が出ないようになっていった。家族や使用人などの親しい人相手ならば少しはましだったのだけれど、社交の場では完全にダメだった。声を奪われたかのように、喋ることができなくなった。



 コルセットできゅうきゅうに締め付けられて、レースやフリルだらけのこてこてしたドレス? それより、身軽で通気性と足さばきのいい服を着たい。


 貴婦人は従者付きの馬車で移動しなければいけない? 馬車を降りて、肌に風を感じながら自分の足で闊歩したい。


 誘われたダンスはよほどの理由がない限り受けましょう? 舞踏会で同じ男性と三回踊ることはマナー違反? そんなの、踊りたい人と踊りたいだけ踊ればいい!



◇◇◇



「私の『したい』ことは、貴族の世界では叶えられることではなかった。だから、私は飛び出したの」


 そこまで言って、首を横に振る。


「──なんて言ったら聞こえがいいけれどね。本当は逃げ出してきたと言った方が正しい。私は貴族社会から脱落した、こぼれ落ちた人間なのよ」


 突然、ライジーが椅子から立ち上がると、テーブルに上ってしゃがみこんだ。そして、私の顔を覗いて呟いた。


「泣くなよ」

「えっ? 泣いてないよ?」


 思わず顔を触って確認したけれど、うん。やっぱり泣いていない。


 でも、ライジーは頑なに言う。


「泣いてる。擦り切れて、ぎしぎし軋むにおいがする」

「におい……?」


 ライジーはたまに不思議な表現をする。もしかしたら人間にはない感覚を持っているのかもしれない──そんなことを考えていたら、はっとした。


 抱き締められている。ライジーが私を包み込むように、ぎゅうっと。


「泣くなよ。ソフィアがそんなだと、オレ、くるしーんだよ」


 どうしてライジーがそんなに辛そうな顔をしているのだろう。他人の、しかも異種族である人間の過去にそこまで同調できるものだろうか。


 ……でも。


 何故だか、過去の記憶がどろどろに消えていくように感じた。不思議と、昔にあったことなんて、もうどうでもよくなっていた。ライジーの熱が溶かしてくれたのかもしれない。


 それにしても、ライジーの体温はなんて心地良いんだろう。獣人は人間より体温が高いのかもしれない。


「……ライジーはあったかいね」


 そうポツリと呟くと、ライジーは我に返ったように私から身を剥がした。真っ赤な顔をして、どうしてこんなことをしたのか分からないと動揺している表情だ。


 でも、彼がどうしてこんなことをしたのか、私には分かる。獣人にも、他人を思いやる心があるからだ。

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