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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第三章

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15-1 突きつけられた現実

 

 温かく、ふわふわとした感触が肌をくすぐる。


 この温もりは知っている。私の大事なテオだ。


 その瞬間、目を塞ぎたくなるような光景が目の前に現れる。落ちてきた瓦礫に挟まれた、白い犬の足──。


 見たくなくて、認めたくなくて、思わず吐き気がこみ上げてくる。


 けれど、ふと気付く。このふわふわとした感触は、テオが傍にいるからなのだと。


 テオは無事だったのだと心底安心すると、私は再び深い眠りに落ちていった──。





 どれくらい眠っていたのだろう。ハッと目が覚めると、私は飛び起きた。


「あ、れ……? ここは……」


 思うように声が出ない。喉が痛い。こほこほと咳き込んでからやっと、私は周りをじっくりと見渡した。


 いつもの見慣れた自分の部屋ではない。小さなテーブルと椅子が置かれた、小さな空間だ。


 かすかに見覚えがある場所だと思いながら、傷んだ壁を見上げると、小さな窓があった。そこから見える空は薄暗いので、今は夕刻か、それとも夜明け前だろうか。


 そこでようやく、私は気付いた。背後から私を抱き締めるようにして眠るライジーに。


「ライジー……」


 何故だか、目が潤む。会いたくて、会いたくて、たまらなかった彼が居る。それだけで、こんなにも心が安らぐ。


 ちょうど、ライジーも目が覚めたようだ。顔を上げた瞬間、鬼気迫る顔で突然、私の顔を覗き込んできた。


「リリー! 体は平気か!? どこも痛くないか⁉」

「ふふ、どうしたの」


 突然どうしたんだろうと思ったのもつかの間、ふと自分の寝巻が煤と灰で汚れていることに気付く。


 ──そうだ。あの夜のことは、ただの悪い夢ではない。現実に起こったことだ。


 その事実を突きつけられて、愕然となる。


 この空間に──あの森の小屋にこうして今いるのは、本当に私の家が壊され、燃やされてしまったからだ。


 そして、夢の中で感じたあのふわふわとした感触は、テオのものではない。ライジーのものだ。


 そこまで繋がる糸をたどっていくと、奈落の底に突き落とされたような感覚に陥った。


「テオ……テオは?」


 懇願するように訊ねると、ライジーは私からすっと目を逸らした。気まずそうな顔で何も答えないのは、きっと私を傷つけないようにするため。


 彼は優しいから、それだけは分かる。分かるけれど、私にとってはそれが答えだった。


「──……テオ、」


 その一言がこぼれてからは、涙も嗚咽も、もう止まらなかった。


 それからどのくらいの間、泣き続けたか分からない。覚えているのは、ライジーがその間中ずっと私を抱き締めていてくれていたことだけだ。


 いま思えば、その後私が前を向けるようになったのは、ライジーがずっと私のそばにいてくれたおかげだ。


 けれど、その時の私はもう何も考えられなくなっていた。散々泣いた後は、何も喋らず、何もせず、ただひたすら虚空を見つめるだけの抜け殻だった。


 ライジーが木の実や果実などを森から採ってきてくれていたが、喉を通りそうになかったので手を伸ばすことさえしなかった。


「リリー、水だけでも飲んだ方がいい」


 そんな私を心配したライジーが、近くの川で汲んできた水の入ったお椀を口に当ててくれた。けれど、水を飲む気力さえ無かった私の口から、ただこぼれ落ちるだけだった。


 それを見たライジーは、お椀を自分の口に当てて水を口の中に含むと、私に口づけをした。


 その時の私はうつろだったために少しハッとしただけで、ライジーに促されるまま、送り込まれた水をただ飲み込んでいった。


 こうしてライジーがかいがいしく面倒を見てくれたおかげで、徐々に私の体は癒されていった。


 体だけじゃない。ぽっかりと穴が開いたような心も、次第に落ち着きを取り戻し、現実を見ることができるようになっていた。


 気付いた時はもう、薄暗かった窓の外が明るくなっていた。そこで初めて分かった──あの出来事からまだ一晩しか経っていないのだと。


「ライジー……お願い」


 ようやく体を起こした私は、ライジーに向かってこう告げた。


「私の家に、連れて行ってほしいの」



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