13-8 真実の名
「ライジー」
アイザックを探しに、暗い森の中を駆け回っていたライジーの前に、一人の人間が突如として現れる。その女を見て、ライジーはギョッとした。
「!? なんで、どうして魔界に──」
「明日まで待てなくて、来ちゃった」
その姿も、その匂いも、その声も、どこからどう見ても、ソフィアだった。ライジーは単純ゆえに、彼女の姿を見た途端、アイザックを心配する気持ちも一瞬吹き飛び、嬉しさと喜びで一杯になる。
が、すぐに疑問が頭をもたげる。
(リリーが一人で? ワンコロは一緒じゃねーのかよ!?)
相手が魔族とはいえ、不躾にその領土に踏み入ることをしなかったソフィアが、それだけの理由で魔界に入ってきた。しかもテオを連れて来ずに一人で。
ライジーは違和感を隠し切れず、喜ぶにも喜べない顔でいると、ソフィアが不思議そうに尋ねた。
「どうしたの?」
「アイザックがいなくなったんだよ。だから今、探して──」
「一人でどこかに遊びに行ったんじゃない? 心配しすぎよ」
そうにっこりと笑うソフィアに、ライジーの違和感はさらに重なる。
「……ねぇ、そんなことより。どこか、人目に触れない場所に行きましょうよ」
「? なんでだ?」
「何でって……イイコトしたいからに決まってるじゃない」
ソフィアは妖しく微笑むと、ライジーにしなだれかかった。一瞬で、ライジーの頭に血が上る。今までに見たことのない情欲をそそる笑みや大胆な仕草に、ライジーはたじたじだ。
「は!? おま、なに言って──」
「ふふ、はずかしがっちゃって。私たち、番なんだから、いいでしょ?」
クスクスと笑いながらソフィアがそう言った瞬間、ツンとした臭いがライジーの鼻につく。いつものソフィアの匂いに紛れて、何か──腐った死肉のようなすえた臭いが。
ライジーはソフィアらしき者からバッと身を離した。
「おまえ──誰だ!?」
それはキョトンとした顔をしたが、やがてソフィアなら絶対にしないような卑しい笑みを浮かべると、ぼやき始めた。
「あらら、もうバレちまったか。やっぱり無理があるよなぁ、おっさんが若い女に化けるのなんか」
ガシガシと頭を掻くそれに、ライジーは牙をむきだして唸った。
「なんでリリーの姿をしてるんだ!? 答えろ!」
「リリー? あの女の名前って、ソフィアじゃないのか? ……あー。だからか」
ソフィアらしき者──サジドはそう言うと、「なるほど」とつぶやいた。
サジドがソフィアに変化した時は、“肉体の一部”と“真実の名”を取り込んだと思っていた。それ故に、完璧ではないものの、まあまあの仕上がりになっているだろうという自負はあった。少なくとも、こんなにもすぐに見破られない程度には。
だがこの獣人の出した名からすると、あの聖女の“真実の名”を取り込めていなかったらしい。だから、精度の低い変化になってしまっていたのだ。
(くそ……俺はバカだ)
ソフィアの見た目をしたそれが何故ソフィアの姿をしているのか、そして中身は何者なのか? ライジーは愚直にも訊ねてしまったが、そんなことは訊かなくても何となく分かっていた。
ソフィアでないものがソフィアの姿をしているなら、それは変化魔法で化けているからだ。そして変化魔法を使えるということは、恐らくその中身は上位魔族だろう。
そして、一体何のためにソフィアに化けているのか。現在行方不明のアイザックのことを考えれば、おのずと答えは見えてくる。
(もしかして──アイザックも、変化魔法で化けた偽物だった……?)
いつからアイザックに化けていたのかは分からないが、子どもたちと一緒にソフィアの家に遊びに行った時はすでに偽物のアイザックだったのだろう。
そしてその時にソフィアの存在を知られてしまい、今こうしてソフィアに化けている。
そんなことをするのはただ自分を揶揄って遊ぶためだけとは、到底思えなかった。
ライジーを殺そうと思えばすぐに殺せるような強い魔族が、わざわざこんなことをする理由。それは……
「リリー……!」
ライジーの頭の中ですべての欠片が繋がった。
ソフィアに姿を変えたこの魔族は、ソフィアに何か危害を加えようとしているのだ。弱い獣人の子にわざわざ化けたのも、きっとこの為だったのだろう。
ライジーは自分のすべきことを認識すると、駆け出そうとした。が、ソフィアもどきに前を遮られてしまう。
「おっと、行かせねえぜ? 俺ぁな、おまえを足止めするために来たんだからよ」
ソフィアもどきはニヤリと笑った。
顔には口の端を曲げるようにした笑みを浮かべ、隠蔽術で抑えていた魔力は解放し、それはもう、ソフィアとは全く異なるものだった。




