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2-3 “私”の物語

 

 ──素敵なドレスで着飾って、人びとが集まる舞踏会に通う日々は華々しかった。


 けれど、そんな場に自分がいることに違和感しかなかった。


 初めの頃は不慣れのせいだと思って、慣れようと躍起になっていた。


 けれど、やがて気が付いた。自分に貴族の生き方は向いていないんだ、と。





 ──貴族たちがこぞって舞踏会に参加する理由は、社交である。様々な相手と話すことで世事に通じ、情報を得ることができる。そして、それらを自分の職務や領分に活かすのだ。


 独身の男女にとっては、舞踏会はもう一つ重要な目的を兼ねている。自分の結婚相手としてふさわしい者を見つける、いわばお見合いの場。


 ──マクネアス辺境伯令嬢の私も、その一人だった。



◇◇◇



 ──その日も、兄に連れられて舞踏会に参加していた。私が社交デビューして間もない頃の舞踏会だった。当時、兄にはすでに婚約者がいたので、この日の目的は主に私の見合い相手探しだった。


 ダンスホールでは、たくさんの男女が踊っていた。人目を奪うような容姿や特別な能力ちからを持つわけではない私は、社交界で話題に上ることもなかったため、本来ならば「壁の花」になっていたと思う。けれど、そうならなかったのは兄の存在があったから。


 兄は類い稀な魔法の才能を持っていて、王国の中でもその名が知れ渡っていた。だから、兄と縁をもちたいと思う者は私たち兄妹のもとに次々とやってくる。たとえそうじゃなくても、その妹とあれば人は興味を持って近づいてくるのだ。





 ──“これはこれは、マクネアス卿のご子息ではないか”


 そう声を掛けてきたのは、中年の貴族男性だった。彼は大臣なので、王城に出入りするようになった兄と面識があった。後ろには彼と同じ年頃と思しき女性がいた。きっと夫人だろう。


 “×××伯爵、それに×××伯爵夫人も。お久しぶりです”


 “ますます王都で名を馳せているそうじゃないか。ほら、魔導士団の入団試験に首席合格したとか。王様も君に期待されているよ


 “私にはもったいないお言葉でございます”


 “謙遜はいけないね。君は間違いなく、ゆくゆくは聖女メサイア様と共にこの国を守っていく前途有望な人材なのだから。マクネアス卿はこんな優秀なご子息を持って鼻高々だろうね。何しろ君さえいれば、辺境伯領の守備は万全だ。もし私が君の父上なら、君の能力を王家に売り込んで……そうだな、王子様あたりの魔法の師として使ってもらうな。こうすれば王様にも気に入られてマクネアス家は安泰だ。私も君みたいな息子が欲しかったよ”


 “いえ、畏れ多いことです”


 兄は笑いながら答えていたけれど、目は笑っていなかった。私には、兄の考えていることがわかる──きっと私と同じことを考えているだろうから。


 父は子どもに対する愛を、その子の能力の有無で変えたりするような人ではない。魔法の能力に恵まれた兄と、平凡な私を分け隔てなく育ててくれた両親は、私たち兄妹の誇りだ。


 兄のおかげでマクネアス領が安泰となるのが事実だとしても、父を貶めるような言い方をするこの男性には我慢ならない。しかも王家までも巻き込んでの発言、できるだけ関わらない方がいい。


 “伯爵、申し訳ありませんがこれにて失──”


 そう兄が話を終わらせようとしたけれど、今度は伯爵夫人の方が口を開いた。


 “あら、後ろの可愛らしいお花を紹介してはいただけませんの?”


 兄はこの伯爵夫婦に私を関わらせたくないと思ってわざと紹介しないまま場を終わらせようとしてくれたみたいだけれど、婦人の一言でそれが水の泡になる。


 兄は顔に笑みを貼りつけたまま──ただ内心は煩わしさ満載なのが私にはわかる──で、私を見せるように体をずらした。


 “……これは失礼しました。彼女は私の妹です。今年社交デビューをしたばかりなもので、どうかお手柔らかに……”


 続けて私が伯爵夫婦に自己紹介をすると、伯爵がまるで品定めをするように私をまじまじと見る。


 “まさか君にこのような可憐な妹君がいるとは”

 “お兄様がこんな素晴らしい才能をお持ちだもの。もしかして貴女も魔法の才能がおありなの?”


 夫人にいかにも期待しているといった眼差しで聞かれたものの、あいにく私は魔法の能力を持ち合わせていなかった。


 “いえ、私は──”


 “では、何か他の能力をお持ちなのかしら? ほら、剣技とか……最近じゃ女性でも騎士団に入る時代になったものね”

 “いえ……剣を握ったこともありません”


 “じゃあ経済学や領地経営に秀でておいでとか?”

 “力の限り、父と兄と共に領地を盛り立てようとは考えていますけれど……本を読むのは好きですが、特に経営や経済学を学んでいるといったわけでは──”


 会話を重ねるにつれて、伯爵夫婦の私に対する熱が冷めていくのがわかった。それに反比例するように、怒りで兄の顔が引きつっていく。せっかくの美しいお顔が台無しですよ、お兄様。


 “……まあそれは……良縁に恵まれるといいわね”


 何か言葉を選んでいる風に、哀れむように、夫人はそう言った。


 それは、特別な容姿も能力も持っていない娘は良い結婚相手を見つけるくらいしか役に立てないのだから、という意味だろうか?


 それとも、私のような娘にはなかなか良縁に恵まれないだろうからせいぜい頑張りなさい、という意味?


 どうにせよ、彼らにとって私は「不出来な辺境伯令嬢」なのだろう。


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