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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第二章

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13-6 不安の芽生え

 

(こ、こいつら……)


 ソフィアの家の中で好き勝手する子どもたちを見て、ライジーは呆れ返った。好奇心の赴くままに部屋のあちこちに行っては、物を触り、矢継ぎ早に質問攻めと、やりたい放題だ。


 ソフィアは全く怒ることなく、ニコニコとその様子を見守っているからしばらくは我慢していたライジーだったが。


「おまえら! いい加減にしろッ!!」


 その怒声で、ひとまずは大人しくなった子どもたちだった。


 それからは居間で本を眺めたり、テオで遊んだりしていたが、居間でソフィアがお菓子と紅茶の用意を始めると、一斉にそちらへ集まっていく。


 そんな中、ただ一人動かないのがロイだ。ライジーの膝の上に座って、鼻歌交じりに足をぶらぶらと動かしている。


(……もうあの事は忘れたようだな)


 あの時は隠していた本を見つけてしまったことにロイは負い目を感じていた様子だったが、今はもう気にしていない様子で、ライジーはホッと息を吐いた。


 何故か里の子どもたちに懐かれていることは、知っている。このロイは、とりわけライジーに懐いていた。


 ライジーの方は別に彼らのことが好きでも嫌いでもなく、同じ里に棲む同胞として暇な時に相手をしてやっていただけだ。だから子どもたちとはただそれだけの関係であって、膝を許したわけでは決してない。


(ここに座っていいのは、リリーだけだっつーの)


 ロイに降りろと言ったものの、ロイは一つも言うことを聞かない。挙句の果てに、再び「番」の話を始めたものだから、ライジーは無理やり膝から落とした。


 ロイには文句を言われたが、菓子が用意されたことを知らせると、ロイはライジーそっちのけで菓子に群がる子どもたちの方へ駆けていった。


「ったく、どいつもこいつも……」


 ワイワイと美味しそうに食べている子どもたちを見て、ライジーはため息を吐いた。


(人ン家に上がり込んで好き勝手するわ、物は食べ尽くすわ……やりたい放題だな、こいつら)


 その時、ふとライジーの心の中に不安が芽生える。


 家の中を荒らして物を食べ尽くす程度の悪さしかしない獣人の子どもだったからよかったものの、もし他の魔族だったら? 自分が人間界に出入りしているのを、万が一他の魔族に見られていたら?


(俺のせいで、リリーに何かあったら──)


 ライジーはきっと、気が狂うだろう。思わず顔を手で覆い、力なく後ろのソファーに座り込んだ。


(そんなのは──耐えられない)


 もしかすると自分はとんでもないことを仕出かしてしまったのではないか──。そんな風にまで思えてきた。


「──はい。ライジーも食べてね?」


 突然声を掛けられ、ライジーはギョッとしたが、立っていたのはソフィアだった。お菓子を載せた皿を手に微笑む彼女を見れば、ピリピリしていた神経も一瞬で落ち着いていく。


「ああ」


 ライジーはソフィアから皿を受け取った。ソフィアは何も聞いてこないが、自分を心配してくれているのは何となくわかる。


(リリーに心配かけちゃダメだ)


 そう心に決めて、努めていつもの調子でクッキーを頬張った。「うまい」と言うと、隣に座るソフィアがいつもの聖女のような微笑みを返してくれる。


 それを見て、ライジーは半ば祈るように、半ば自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。


(……きっと大丈夫だって。魔物は結界を越えられないんだから──)


 それ以降は心の中にポッと出た不安の芽を見て見ぬフリして、その日はできるだけ楽しく過ごした。こぶ付きではあるが、せっかくのソフィアと過ごせる時間だからだ。


 そして、夕刻。


 子どもたちは帰るのを渋ったが、ソフィアが“次”の約束をすることで上手くなだめてくれたので、ライジーは子どもたちを連れてソフィアの家を後にした。


(今日は散々だったな……)


 楽しかったやらおいしかったやら、ワイワイ言いながら歩く子どもたちを見ながら、ライジーは短くため息をついた。


 子どもたちを人間界に連れていくという危険に晒してしまった上、ソフィアに迷惑をかけてしまった。何より、プロポーズの予定が台無しだ。


 だが、プロポーズに関しては、幸いまたチャンスをもらえた。


 明日だ。明日こそ、想いを告げるのだ。明後日、ソフィアは遠い場所に出かけてしまうので、明日が最後のチャンスだ。


 プロポーズを前に浮足立ちそうになりながらも、周囲の安全を確認しながら帰途につく。


 そんなこんなでようやく里のはずれまで戻ってきた時、ライジーはある事に気付いてハッとした。


「そういや……真っ昼間におまえらがごそっと居なくなって、また里じゅう大騒ぎになってんじゃねーか⁉」


 獣人の子どもが6人まとめていなくなれば、さすがに里の者はすぐに気付くだろう。


 だが慌てているのはライジーだけで、リャゴスがニッとして言った。


「だいじょーぶだって! きょうはカーラと西の川に魚とりのれんしゅうに行ってることになってるからな、おれたち」


 里のすぐ西には川がある。この川には地形が複雑に入り組んだ場所があり、そこには里の獣人以外の魔族が立ち入ることはほぼないため、里の子どもたちの魚を獲る練習は昔からここで行っていた。比較的安全な場所ということで、大人と一緒であれば、昼間でも出かけてもよいことになっているのだ。


「は? カーラは知ってんのか?」


 ライジーがそう訊ねると、子どもたちが顔を見合わせながら答えた。


「知ってるっていうか……」

「アイザックがカーラとやくそくしたんだって」

「きょうあたしたちを魚とりにつれてってくれるって」

「でもカーラが来なかったから……」

「カーラこないねーって言ってたときに、ライジーを見つけたからおいかけたんだ」

「ねー」


 子どもたちが昼間に堂々と里を抜け出している理由がこれで分かった。里の者から信頼されているカーラと出かけるのだと言えば、簡単に里を抜け出すことができる。


 ただ、ライジーには気になることがひとつ。


カーラあいつがこいつらとの約束をすっぽかすなんて珍しーな……あ、)


 ライジーはピタリと止まった。カーラがそうせざるを得なかった理由にひとつ思い当たることがある。


(まさか……あの時のせいか?)


 カーラが約束を破ったのは、もしかすると自分のせいかもしれない。


 あの時、ライジーが強めの威嚇をしたせいで、カーラは自暴自棄になっているのかもしれない。


 そう考えついた所で、カーラに悪いことをしたとはひとつも思わない。


 目に余るほどのものだったカーラの言動はライジーの本能が許さなかったし、あの威嚇はソフィアを守るために必要なことだったからだ。


「どーしたのー?」


 子どもに声を掛けられ、ライジーはハッとした。


「何でもねーよ。ほら、着いたぞ」


 すぐ目の前は、里の縄張りだ。ライジーは里に入るよう手で急かすと、子どもたちに言い聞かせた。


「今日はもう大人しく寝ろよ。そんで、分かってんだろうな? 里の奴らに人間界に入ったこととか、ソフィアのこととか、ペラペラ喋んじゃねーぞ」

「そんなの、言われなくてもわかってるよ!」

「あんなにたのしくておいしいところ、みんなにおしえたくないもん!」

「ライジーはしんぱいしょうだなあ」

「ソフィアとつぎあそべるの、いつかなあ」


(……本当に分かってるのかよ……)


 若干心配ではあるが、子どもたちを信じるしかない。里の縄張りに入っていく子どもたちを尻目に、自分は森の小屋にでもと踵を返したところで、ライジーはピタッと立ち止まった。


「……おい」

「なに? ライジー」


 すでにかなり離れたところで、子どもたちも立ち止まり、ライジーの方を振り返る。

 ライジーは子どもたちをじっと見つめながら、つぶやいた。


「アイザックは?」

「え──」


 子どもたちもキョロキョロと周りを確認する。子どもは全員で5人、確かにアイザックが居ない。


「さっきはいたのに……」


 先ほどまでの緩んだ空気に、一瞬にして緊張が走る。


 とっさに、ライジーは思い返す──結界を越えてからアイザックの姿を見た記憶はあるから、人間界に置いてきてしまったということはない。だからアイザックがはぐれてしまったのは、きっと魔界に入ってからだろう。


 だが、魔界には弱者をもてあそぶ魔物が存在する。獣人の子どもが一人でさまようのが危険なのは間違いない。


「ど、どうしよう」

「アイザックのやつ、どっかではぐれちゃったのかな……」

「アイザックがまいごになっちゃった~~」


 子どもたちの間に広がる動揺。それはライジーの頭の中にも確実に広がっていた。


(ただの迷子ならいい。けど、ガキ一人いなくなるのを俺が気付かないとか……あり得ねえ)


 魔族の中で下位という立場上、他の魔族に見つからぬよう、獣人の子どもも里の外を移動する際は気配を消すようにしている。だが、それでもライジーが気付かないなんてことはあり得ない。


(最悪、他の魔族やつにさらわれたか……)


 ひとつの可能性に行き着いて、ライジーはチッと舌打ちした。ライジーに全く気取られることなく近付けるということは、自分以上に強い魔物であるのだ。


 ピョンと傍の木の枝に飛び上がったライジーを見て、ロイが声を上げた。


「ライジー! どこに行くの?」

「アイザックを探しに行くに決まってんだろ! おまえらはすぐ里の奴らに知らせろ! いいな!?」

「う、うん!」


 子どもたちが慌てて里の内に走っていく気配を背中に感じながら、ライジーは木の枝から枝を跳び駆けた。


(……大丈夫だよな? あの時みたいに穴に落ちたとかだぜ、きっと)


 アイザックを探しながら、それが虚勢であるのはライジー自身も分かっていた。



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