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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第二章

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75/112

13-3 アイザック

 


 ◇◇◇



「あっ!」


 森の中、向こうから歩いて来る仲間の姿を見つけて、ロガが怒ったような、ホッとしたような声を上げた。


「どこに行ってたんだよアイザック! いま、みんなでおまえのこと、さがしてたんだぞ」

「ご、ごめん」

「このあいだ、おまえとロイがいなくなって、おおさわぎになったばっかだろ! またおなじことになったら、こんどこそオレたちみーんな、外に出してもらえなくなるぞ!」

「うん……」


 しゅんとしているアイザックを見て、ロガがひとつ息を吐くと、くるりと体の向きを変えた。


「ほら、オトナたちがしんぱいし出す前に里にもどるぞ。──おーい! アイザックがいたぞー!」


 ロガがそう大声を上げると、あちこちに散らばっていた子どもたちがわらわらと集まってきた。


「アイザックのばかやろー。しんぱいしたんだぞ!」

「まいごになるなんて、あいかわらずどんくさいなぁ」

「でもよかったね。すぐ見つかって」


 仲間の子どもたちが口々にぼやいたが、アイザックはこうして何事も無く戻ってきたので良し、だ。子ども6人揃って、今度こそ里に戻ろうと、歩き出す。


 その途中、隣を歩いていたロイが、アイザックにこそっと尋ねた。


「アイザック、どこかケガしてる?」

「え? してないよ?」

「そっか? なら、気のせいだったのかな」


 首を傾げているロイに、アイザックが口を開きかけた時、横からロガが割り込んできた。


「おいロイ! 今から狩りのとっくん、するぞ!」

「ええ~、今からぁ?」

「おまえ、まだうさぎも狩れないだろ? このおれがおしえてやるんだからありがたく思えよな!」

「わかったよぉ……」


 ロガがぶすっとしているロイの肩を組んでいると、隣のアイザックとふと目が合った。


「お、アイザックもいっしょに来るか?」

「……今日はやめとくよ」

「そーか? でもおまえも狩り、にがてだろ? れんしゅうしろよな」


 そうこうしているうちに里に着いたので、ロイはロガに引っ張られていった。他の仲間たちもそれぞれの寝床や親のもとに帰っていった。


 一人残されたアイザックは、周りを見渡した。それはいつもと同じ光景のように見えたが、ひとつ違った。


 アイザックは里のはずれにそびえ立つ大木に近付くと、その根元でうずくまっている獣人に恐る恐る声を掛けた。


「カーラ……ど、どうしたの?」

「アイザック……」


 うずくまっていたのは、カーラだった。泣き腫らしてぐしゃぐしゃになったその顔は、それは酷い有様だった。


「……大丈夫だから、行きなさい。お母さん、待ってるんじゃないの」

「でも……」

「私はただ自棄やけになってるだけ。ライジーは人間の雌を選んだのよ。……里で噂になってるから知ってるでしょ」


 ずず、と鼻をすすりながら、カーラは言った。声がかすれているのは、声が枯れるほど泣いたからだろう。


「……お願い。あっち行って。みんなが引くくらい、ひどい言葉が口から出てしまいそうなの」


 カーラだってライジーに対する恨みつらみなど、彼を慕う子どもたちに聞かせたくはない。だが、アイザックはカーラのもとにしゃがみ込むと、こう言った。


「……ぼく、しゃべるのヘタだから、だいじょうぶだよ」

「は?」

「カーラがどんなひどいことを言っても、ぼく、ひとにうまく伝えられないから。だから、だいじょうぶだよ」


 そう言うと、アイザックはニコッと微笑んだ。それがカーラの顔を再びくしゃりと歪ませた。


「アイザック……私ね────」


 自分を選んでくれなかったライジーへの恨み。選ばれた人間の女に対する妬み。


 カーラは胸の内に鬱積した想いを全て吐き出した──。



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