13-2 プロポーズの準備
◇◇◇
テオから受け取った手紙を読み、ソフィアに会いに駆けたあの夜。
ライジーは心に誓った。もうおのれの心に蓋はしない、と。
番になってほしいと告げるのはソフィアの気持ちを確かめてからと考えていたが、そんな悠長なことはもうしていられない。
ソフィアを求める熱量が、あまりにも激しいことに気付いてしまったから。
それに加え、焦りもあった。
(リリーとまた会えなくなる日までに、“ぷろぼーず”しねえと……!)
再びソフィアに会いに行けなくなる期間が訪れることは、少し前に彼女から聞いていた。彼女の兄の結婚準備を手伝うため、実家のマクネアス辺境伯家に戻るのだと。
それは仕方ないことだ。とはいえ、そうして領都に行ってしまったが最後、二度とソフィアに会えない気がしていた。根拠は無い。ただの獣の直感だ。
だから、ソフィアが辺境伯家に戻る日までに、何とかして彼女の心をつなぎとめておきたかったのだ。
プロポーズした後のことを考えないわけではない。だが、たとえ断られても、彼女と二度と会えなくなってから後悔するのは嫌だった。
こうして、ライジーはプロポーズの準備をすべく、忙しくしていた。
──プロポーズ。それはもちろん、人間のやり方で、だ。
獣人の場合、番になる時は“何となく自然に”なることが多いのだが、人間であるソフィアには人間方式の方が戸惑わせないで済むだろうというライジーの考えだ。
幸い、人間のプロポーズのやり方は“マリーとライカー”という本を読んで知っていた。それによると、必要なものはふたつ──“美しい場所”と“指輪”であるらしい。
美しい景色はさておき、目下の急務は指輪を手に入れることだった。
一番いいのは人間界で作られる指輪を手に入れることだ。が、どこでどうすればそれが手に入るのか分からない。そもそも魔物に指輪を譲ってくれる人間がいるはずもない。
となると、自力で用意するしかなかった。つまり、指輪を自分で作るのだ。
「指輪って確か……ピカピカ光る石で作られるんだっけ?」
ライジーは“マリーとライカー”の内容を思い出す。あの本に出てきた表現では、指輪は煌めく石を環状に削った物だったと記憶している。しかも、ソフィアの指のサイズぴったりにしなければならない。
ライジーは川のほとりに行って、まず石探しをした。その中で一番綺麗に見える石を選び、あらかじめ拾ってきていたどこかの魔獣の角を使って、少しずつ少しずつ、石を削っていった。
「──ゲ! またやっちまった……」
力加減を少し間違えて、石がぱっくりと割れてしまった。割ったのはこれで30個目だ。
「はー……どーすっかな……」
魔獣の角を放り投げて、ライジーは空を仰いだ。
この調子では、ソフィアが辺境伯家に戻る日までに作り上げるのは無理だ。そもそも完成するのかも怪しい。獣人の手は、こんなに小さい物を作るようにはできていないのだ。
その時、良い考えがライジーの頭にひらめいた。
これまで書物から先人の知恵を得てきたように、今度は年寄りに直接聞けばいいのだ。必ずしも知っているとは限らないが、聞いてみる価値はある。
ライジーは早速、獣人の里に帰った。里の獣人たちに見つかると厄介なので、身を潜めてこっそりと里内を観察する。
「! いたいた」
目当ての人物を発見する。里で最高齢番のヴァルとファンだ。今日も里のはずれに座り込み、二人仲良く日向ぼっこをしている。
ライジーは地面を強く蹴って空高く飛び上がり、二人の目の前に軽々と着地した。突然現れたライジーに驚く様子もなく、ヴァルとファンは二人揃って顔を上げた。
「おや、久しぶりの顔だ」
ファンが微かに顔をほころばせると、ヴァルが唸るようにして言った。
「気を付けろファン。この若造が寄って来るのは決まって何かねだってくる時だ」
「はは。分かってんじゃん、ジーサン」
ライジーは二人の前に腰を下ろすと、早速今回の“おねだり”をする。指輪なるものの形や外観を事細かに説明してから、尋ねた。
「なあ、ソレに似た物って知らね? それか、指輪を作るうまいやり方でもいい」
じっと聞いていたヴァルがジトっとライジーを睨むと、ゆっくりと口を開いた。
「……そんなもん、何に使う」
「…………」
ライジーが目を逸らして答えずにいると、横からファンがヴァルの背中を叩いた。
「なーにボケてんだい! そりゃあんた、ニンゲンの娘にやるために決まってんだろ」
「そうか……この鼻垂れ小僧も一丁前に番を持ったのだったな」
里を駆け巡った「ライジーが人間の女と番になった」という噂は、遅ればせながらこの老獣人たちの耳にも入っていた。したり顔で頷く二人に、ライジーが顔を真っ赤にして反論する。
「……まっ、まだなってねーし!」
「ほっほ、わざわざ言い直さんでもええ」
「そうだぞ。然るべき相手が見つかったなら、獣人にとってそれはもう番になったも同然。番になることを相手が許すまで、とことん尽くせばいいだけの話だからな!」
ファンが愉快そうに微笑む隣で、ヴァルも快活に笑う。そんな二人を見て、ライジーが躊躇いがちに訊ねた。
「……てゆーかさ、番の相手がなんで人間なんだとか、怒ったりしねーの?」
「するもんかい」
ファンが即答した後に、ヴァルも頷く。
「今は里を想う心ゆえに時折こうして戻ってきているが、おまえはもう、里を出ると決めておるのだろう。ならば、おまえが誰と番になろうが誰にも口出しできんことだ」
「……俺が里を出るの、止めないんだな」
ライジーがポツリと呟くと、二人は次々に言った。
「止めるもんか。あんたにこの里は狭すぎる」
「どこへでも行ってしまえ。そして行き着いた先が、おまえだけの新たな縄張りだ」
一見そっけないが、それが彼らなりの励ましだ。ライジーはその言葉を心の中で呟くと、深く頷いた。
「……ああ」
その後、ライジーは二人と別れて、早速目的の場所に向かった。
ヴァルとファンは最後に“聖木”のことを思い出し、教えてくれたのだ。
「──この魔界と人間界のちょうど境に、聖なる木があるのを知っているか? その名の通り、聖なる気を発するがためにわしら魔物は近付けないがな。その木の実がな、それと似たような見た目をしとるんだと。まだガキの頃、年寄りから聞いた覚えがある」
「今のあんたなら……きっと近づくことができるだろうね」
──聖木。結界を頻繁に出入りしているライジーでさえ、初めて聞く存在だった。
しかし結界は東西に長く続いているので知らなくて当然だ。場所を詳しく聞けば、いつもライジーが通る辺りより、ずっと東側にあるらしかった。
いつものように“境の森”に入り、結界まで一直線に走る。やがて結界までたどり着くと、今度は左を向いて、結界に沿って駆けだした。
東に、東に。
やがて“聖木”らしきものを見つけたのは、ソフィアの家からそれほど遠くはない場所だった。“境の森”の中にあるが、それは明らかに他の木とは様子が違った。
「……なるほどね。こりゃ、並の魔物は近付けねーぜ」
ライジーは木の放つ聖なる気配を目の当たりして、ごくりとつばを飲み込んだ。
太陽ほどではないが、それに近いものを感じる。もともと結界付近に近付く魔物はあまりいないが、この聖木の辺りはさらにいないだろう。
(バーサンが、今の俺なら近付ける、って言ったのはつまり、邪気が薄まってるからか。リリーの読み聞かせのおかげで)
ライジーは一歩、また一歩と、ゆっくりと木に近付いた。前に進むたびに抵抗感は体にヒシヒシと感じるが、さして問題ではない。
巨木を目の前に足を止め、見上げる。繁々と茂ったその枝には、濁った黒褐色の丸いものがたくさん付いていた。ヴァルの教えてくれた実とは、このことだろう。
足元にもたくさん落ちていたので、ひとつ拾う。ライジーはそれをまじまじと見たが、やはりただの地味な色をした球体だ。どこからどう見ても、指輪には見えない。
「……あのジジイ……いいかげんなこと言いやがって」
ヴァルに対する苛立ちが、実を握る手にグッと込められる。その瞬間、その手の中からパキ、というかすかな音。
その手の中の物を見て、ライジーは唖然とした。




