13-1 二人の悪魔
「え!? 見つけたのに逃したの!?」
薄暗い森に、女の金切り声が響き渡る。
「信じらんない! あんな低能な獣を見失うなんて!」
一見人間のように見えるが、頭に山羊のような二本の角、黒く艶やかな翼に先が鋭くとがった尾、そして妖しい美貌を持つ彼女は、まさしく悪魔だった。
その女悪魔にいいように言われているのもまた、悪魔族の男だ。彼も負けずに言い返した。
「仕方ないだろ、こっちは気配悟られないように魔力隠蔽術を使ってたんだからよ。隠蔽術は気ィ遣うの知ってるだろ。それにな、獣人てのは脚だけはムダに速いんだよ!」
「あ~~~~うるさいうるさい! せっかく、あたしが見つけたエモノなのにぃ!」
「おまえだって肝心な時にいなかっただろうが! 飽きたとか何とかワガママ言って!」
キイっと喚いた女に、男が叱り飛ばした。二人はいつもこの調子である。
男の名はサジド。そして、女の名はオリガベラ。彼らは魔王直属の部下で、任務の時は二人で行動することが多かった。
今回はオリガベラが以前見かけた“気になる獣人”を追うべく、“境の森”近くの森に潜伏していたのだ。
サジドはひとつため息をつくと、辺りを見渡しながら言った。
「ま、この辺りで潜伏してりゃ、そのうち通りかかるんじゃないの? おまえが見つけた時も、この辺りで消えたんだろ?」
「あっきれた! 魔王サマにホメてもらうのにこんないいチャンスを、じっと待てですって?」
オリガベラが偶々見かけたあの日、あの獣人は格上のガーゴイルを倒した。たった一人で、しかも二体も。一般的に他の魔族に侮られている獣人が、相手の弱点を知っているかのようなスマートな戦い方をしていたのが面白くて、オリガベラは目を付けたのだ。
それ以来、その獣人の動向を探っていた。この獣人を捕らえて彼の強さの秘密を調べ上げれば、きっと魔王の為になるはずだった。
「……じゃ、どうするんだよ」
そうサジドに問われ、口を開きかけた瞬間、二人は同時に魔力隠蔽術を作動させた。
二人は草葉に隠れて、向こう側を覗く。すると遠目に見えたのは、小さな魔物の集団だった。
「獣人のガキ……だな」
サジドが呟いた通り、森の中を歩くのは獣人の子どもたちだった。全部で6人いるようだ。
彼らは全くこちらの気配に気付く様子はなく、呑気に森を散策している。サジドたちはしばらく彼らの会話に耳を傾けることにした。
「ま、待ってよみんな。まさか、あの森にはいったりしないよね?」
一人の子どもが不安げに問いかけると、先頭を歩くリーダー格らしき少年が答える。
「バカ。しねーよ、アイザック。おまえとロイがまいごになったときから、オトナたちがうるさくなったしな。たださ、ライジーがどこに行ってるのか気になるだろ? それをちょっと、このあたりでさぐるだけだよ」
彼に続き、他の子どもたちもぺちゃくちゃと話す。
「里のオトナたち、なーんかライジーのことコソコソはなしてるよね。よく聞こえないけど……ケッカイとか、つがいがどうとか」
「あ、ニンゲンのメスってのも言ってた!」
「ぜったい、なにかたのしそうなことをかくしてるよね」
「もしかして、この前見つけたニンゲンの『ほん』ってのも、なんかカンケーあるんじゃない?」
「あれってモジがかいてあるものなんだろ? なにがかいてあるんだろう……」
「ライジーがコソコソよんでるんなら、なにかおもしろいことかいてるんだよ!」
「ライジーにきいてみようよ!」
ひとしきり子どもたちの会話を聞き終えた後、オリガベラが呟いた。
「フフフ……獣人を襲わないように言い聞かせておいた甲斐はあったようね?」
“気になる獣人”を見つけるべく、獣人族には手を出さないよう、下々の魔族たちに命令を出していたのだが、その成果はあったようだ。平和な日常に退屈した獣人の子どもたちが刺激を求めて里の周辺をうろつき、こうやって有益な情報をもたらしてくれたのだから。
「例の獣人が、ライジーってヤツなのかしら? ……許せない。獣ごときが、知恵を手に入れるなんて。せっかく魔王サマが低能なヤツらから文字を奪ってやったってのに。これはオシオキしなきゃね……獣は獣らしく生きなさいってね」
オリガベラが妖しく、卑しく笑みを浮かべた。そして立ち上がると、サジドに機嫌よくこう告げた。
「じゃ、詳しく調べといてね♪」
「おい! また俺に任せっきりかよ!」
「私は魔王サマに報告してくるの」
そう言うなり、オリガベラの姿が一瞬にして消えた。
「面倒な役回りは結局俺かよ……」
サジドは深いため息を吐きながら、気怠そうに立ち上がる。そして、獣人の子どもたちの後をつけ始めた──。




