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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第二章

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72/112

12-6 愚直なまでに

 


 ◇◇◇



 すっかり日が落ち、辺りは鳥と虫の声だけが静かに鳴り響いている。ライジーは今、森の小屋に来ていた。


 ここに来た目的は、ソフィア宛てに書いた手紙を置きに来たのが一つ。もう一つは、ソフィアの家をさりげなく探るためだ。


 小屋の屋根に上がり、遠くの丘陵地に目を凝らした。そこにポツンと立つソフィアの家は、窓からほのかな灯りが見える。


「夜だし、リリーの兄ちゃん、もう帰ったかな……」


 この三週間は手紙のやり取り以外はできる限り、この小屋にさえ近付くのを止めていた。だが、ソフィアの兄が訪問するという今日、とうとう我慢できずに様子を探りに来てしまったのだ。


 ソフィアと会えないこの三週間は、ライジーには身を裂かれるくらい、本当に辛く長い日々だった。


 いつもは寝食を忘れて読む本も、最近はちっとも夢中になれなかった。寝ても覚めてもライジーの頭に浮かんでくるのは、優しく微笑むソフィアの姿だった。


 本音を言えば、今すぐでもソフィアに会いに行きたい。


 だが、兄が帰り次第、ソフィアが手紙で知らせてくれる手筈になっている。だから、ライジーは小屋から先に進むのは我慢した。


 とはいっても、いつまでもこうしている訳にもいかない。今日はソフィアも疲れているだろうし、今夜は手紙は来ないだろう。


「また明日来よ……」


 ライジーが短く息を吐き、屋根から飛び降りようとした時だった。

 何かが視界の端に移り、ライジーはハッと目を凝らした。


 ──白い塊が、丘の上をゆっくりと動いている。こっちの方角に向かって。


 それはまさしくテオだった。その口には紙のようなものが咥えられているのが見えて、ライジーの心は一気に沸きあがる。


 それからすぐに地面に飛び降り、小屋の前で今か今かとテオが来るのを待った。


 ようやくテオが小屋に着いた時には、ライジーはすっかり待ちくたびれていた。


「ほれ、書きたてほやほやだ。おぬしの気配を感じたから、持ってきてやったぞ」


 テオの言葉が終わらないうちに、ライジーはその口から手紙をひったくるようにして取った。急かされているかのように封を開け、便箋を広げると、食い入るように読む。最後まで読み終えると、同封されていた栞を手に取り、ギュッと目を瞑った。


「リリー……いま、行く」


 そう呟くやいなや、ライジーは駆け出した。


 あっという間に姿の消えた方を見ながら、残されたテオが呆れた様子でぼやく。


「老骨に鞭打って来てやったというに、感謝のひとつも無いのか。まったく、これだから獣は」


 だがその顔はどこか嬉しそうで、夜空を見上げた。


「愚直なまでに、まっすぐだな」


(だがそれでいい。早くソフィアのもとへ行ってやれ)


 この三週間、正直ソフィアを見ていられなかった。ライジーと会えなくても平気な顔をしていても、それが単なる強がりであることは明々白々だった。


 そんな彼女を癒してやれるのは、中身は魔族の老犬ではなく、想い人ただ一人だ。


「さて……あやつらのために、年寄りはゆっくり帰るとするかの」


 そして、テオはのらりくらりと歩き出した。



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