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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第二章

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12-4 結界の力が弱くなっている原因

 サーレット来訪のためにこの三週間会えないと知った時のライジーの愕然とした顔を思い出すと少し憐れに思うが、仕方がない。その分、手紙の運び屋はマメにやってやろうとテオが思った時だった。


 一人と一匹の横から扉が開く音がした。見ると、玄関からリックが出てくるところだった。


「……あ、若旦那様」


 リックに声を掛けられ、サーレットは瞬時に真剣な顔を少し緩めて、言葉を返した。


「やあ、リック。どうしたんだい?」

「いや……中に居るには少し身の置き所が無くて……」


 少しやつれたようにも見えるその顔を見て、サーレットは苦笑する。


(可哀そうに。二人のマシンガントークに耐えられなかったんだろうな)


 サーレットは立ち上がると、すれ違いざまにリックに言葉を掛ける。


「私はもうブラッシングを終えたから中に戻るけど、君はここでしばらくゆっくりしていたらいいからね」

「……ありがとうございます」


 リックを外に残し、サーレットはテオと共に居間に戻った。そこに誰の姿もなく、ただ紅茶のカップだけがテーブルの上に残されていた。


「あぁ、今はドレスの件を話し合っているのか」


 母のフローラは娘のドレスを新調するのをとても楽しみにしていたので、寝室に移って採寸がてら、ドレス話に花を咲かせているのだろう。もちろんサーレットも、可愛い妹のドレス姿は楽しみにしている。


「なら、今のうちにキッチンだけでもメンテナンスをしておくとするかな」


 キッチンにあるサーレット手製の魔具は三つ。まずは給湯器の魔法陣のメンテナンスから行う。


 サーレットが流し台にある魔法陣に手をかざすと、青白く光った。魔法陣の強化をしているのだ。


 次いで冷蔵庫の魔法陣強化も手早く済ませると、最後はコンロだ。これも同じように強化するだけだったが、サーレットはふとあることを思い出し、違う魔法をかけることにした。


「料理は火加減が命、らしいからな」


 この前、辺境伯家の料理長がそう熱弁していたのを思い出して、サーレットは小さく吹き出した。それを聞いて、ソフィアの家のコンロに火力を微調整できるよう改良を加えようと思ったのだった。


 コンロの魔法陣に手をかざし、脳内で組んだ構成を魔力を通じて付与する。これで10段階の火力を選べるようになった。ついでに火の切り忘れ防止機能もつけておいたのは、兄のささやかな世話焼きだ。


 これでキッチンの魔具のメンテナンスは終了だ。サーレットはここで「ふう」と一息つく。


 その瞬間、サーレットの胸中に微かな焦燥感と違和感が湧き起こる。


(なんだ……この感覚)


 この家に来た時に感じた違和感を、まだ引きずっているのだろうか。しかし、それについては「獣人がこの家に上がり込んでいるから」とすでに解決しているはずだ。


 それなのにまだ体内に残る感覚に、サーレットはしばし考え込む。


(結界の調子が万全ではないから……か? それとも、ここ最近の忙しさでただ疲れているだけか?)


 色々と考えた結果、サーレットは万が一でもこの感覚が正しかった場合に向けて備えることにした。


(……念のため、魔法を追加しておくか)


 キッチンの天井に向けて手を掲げると、新たな魔法陣をつくった。これは熱や火を感知すると水が降り注ぐ仕様になっている。さらには、それが作動するとサーレットのもとに知らせが飛んでくる、異常報知の仕様もこっそり付けておくことにした。


 これでソフィアの身の安全が保障されるわけではないが、少しでも役に立つのなら施しておいて無駄なことは無い。


 そんなことを思いながら居間に戻り、そこの天井にも同じ魔法陣を付けていると、床の上で寝ていたテオが呆れた顔を向けていた。


(……妹想いなのか、それともただの過保護か)


 そんなことを言われている気がして、サーレットはしれっと答えた。


「何とでも言うがいい。私の存在価値はソフィーを守るためだけにあるんだからね」


 テオは「やれやれ」と言わんばかりの顔で再び床に伏せた。


 そう。ソフィアが生まれたあの日のことは、天のお告げだったとサーレットは思っている。もちろんサーレット自身が可愛い妹を守りたいと思ってはやっていることではあるが、それだけではないのだ。


 とりあえずメンテナンス作業はここで一旦休憩を挟むことにし、サーレットは自分で紅茶を淹れると、ソファーに腰を下ろした。


(……そうさ。奇しくもあのワガママ聖女のりをすることになったけど、本当の聖女はソフィーなんだ。少なくとも私にとってはね)


 “唱歌”の能力を持つあの娘は、確かに聖女だ。だが、ソフィアもまた聖女だというゆるぎない確信を、サーレットは持っていた。それは根拠は何もない、ただあの日の天啓で感じたことだ。


 だが実際、ソフィアの聖女としての能力はテオを“浄化”したことで実証された。それに、近頃は獣人相手にも効果を発揮したようだ。ソフィアが聖女に値する能力を持つことは、これで確かな事実となった。


 だからといって、ソフィアを聖女に担ぎ上げることはしない。サーレットは彼女に、ただただ平凡で穏やかな日々を送ってほしいだけだからだ。


 つまり、このまま結界が薄れていき、魔物の侵入を許し、この国の人々に被害が及んだとしても、サーレットにとってはどうでもいいことだった。ソフィアさえ無事で、穏やかに暮らしてくれればそれで。


 ただ問題なのは、そのソフィアが暮らしているのが結界近くの辺境地で、結界の状態がソフィアの身の安全に左右していることだった。


 だからこそ、サーレットは渋々ながらも聖女のワガママに付き合い、機嫌を取りつつ“唱歌”を行わせてきたのだ。


 サーレットはちらっとテオの方を見遣ると、先ほど話の途中でリックが来たためにテオに話しそびれたことを思い出す。


(……結界の力が弱まってきているのは、聖女の魔力に原因があるのかもしれない。もちろん結界の調査をしてからでないと分からないが……もしかすると、聖女の魔力が弱まっている?)


 もしそれが事実ならば、大変な事態だ。代わりの聖女が存在するわけではないし(もちろんソフィアを除いてだが)、新たな聖女が現れる保証もない。


 先行き不安な情勢を思うと、知らず知らずのうちにサーレットの口からため息が漏れていた。


 その時、廊下の方から足音と話し声が聞こえたかと思うと、ソフィアたちが居間に現れた。彼女たちの生き生きとした表情からすると、良いドレスに決まったようだった。


 こんな何気ない瞬間のソフィアの安らかな顔を見た時、サーレットはいつでも思う。


(だから頑張ってしまうんだよ、兄は)


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