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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第二章

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12-2 サーレットとテオ



 ◇◇◇



「魔獣……か」


 魔獣と聞くと、つい昔のことを思い出してしまう。


 おのれの力を恐れて部屋に閉じこもっていたあの日から、随分いろんなことがあった。


 守るべき存在ができて以来、サーレットは変わった。とにかくおのれの魔力を使い物にするため、サーレットの才能に初めて気づき弟子にと誘ってくれた魔導士に師事し、コントロールする術を学んだ。


 サーレットが優秀な魔導士を目指したのは、妹に危険を及ぼす筆頭は魔物だと考えたからだ。マクネアス家が辺境伯で、魔界を隔てる結界が脆弱となってしまった限り、魔族の脅威と常に隣り合わせなのだ。


 そのためにどんな強敵でも殲滅できるように、強く、賢くなった。


 だがある時、それだけでは不十分だと気付いた──ソフィアに近付こうとする魔物をいくら蹴散らしていったところで、根本的な解決にはならないと。聖女不在のなか結界を強化する方法を見つけることや、場合によっては魔界に攻め入ることも視野に入れるようになった。


 そこで、サーレットは王宮魔導士団に入ることに決めた。そこに行けばサーレットのしたいことが叶えられるからだった。


 しかし、サーレットは考えなしでは行動しない。自分が不在の間、ソフィアを守れる確固たる人材を配置すること。それに、マクネアス辺境伯家に──ひいてはソフィアにとって有利な状況になるよう、サーレット自身の婚約者を選ぶこと。この二つを整えない限り、サーレットが辺境伯領を出るわけにはいかなかった。


 それらの準備に時間がかかってしまったが、今はこうして王宮魔導士団として、考えていた計画に着々と手を付けているところだ。


「……上の空だな、サーレットよ」


 ぼうっと空を見上げていたサーレットは、下から声がして、ふと我に返った。地面に伏せていた白い犬のテオが、不服そうな顔でこちらを見ている。


「あ……うん。ちょっと、昔のことを思い出していてね」

「それはいいが、手が止まっているぞ」


 そう言うと、テオは尻尾でぱしっとサーレットの手をはたいた。ソフィアの家に来ていたサーレットは今、玄関の外でテオのブラッシング中だった。


「……君、昔は『ブラッシングなんかされてたまるか! 魔族の沽券にかかわる!』とか言ってなかったっけ?」

「はて? 耄碌もうろくしたかの」


 とぼけ顔のテオに、サーレットは呆れた様子でため息を吐く。テオとの奇妙な関係はかれこれ14年になるが、いまだ捉えどころのないところがあるので困る。


 付き合いの始まりはサーレットが10歳、ソフィアが4歳の時、小汚い犬がマクネアス家にひょっこり現れたのがきっかけだ。


 すでに優秀な魔導士として頭角を現し始めていたサーレットは、その犬がただの犬ではない、姿を変えた魔物であることをすぐに見抜いたのだった。


 はじめサーレットはすぐにテオを殺そうとした。だが、テオはこう言った──ソフィアを守るため、魔界からやって来たのだと。


 素直に信じられることではなかったが、テオが犬に姿を変えた魔族であれ、信頼に足る人物だと思い直したのもそれからすぐのことだった。


 その時から、サーレットはテオと同盟を結んだ。もちろん、ソフィアを守るための同盟だ。


 それ以来、ブラッシングという名目で、こうやってテオとひっそり作戦会議や情報交換をしている。もちろんサーレット以外は誰もテオの正体を知らないので、テオを可愛がっているサーレットが忙しい日々の合間を縫ってブラッシングをしてやっていると思われているわけだ。


「ところで、儂に何か聞きたいことがあってこうしているのだろう?」


 動き始めたブラシに上機嫌そうなテオがそう尋ねると、サーレットがハッとした。


「そう、“魔獣”! 思い出に浸っている場合なんかじゃないんだよ」


 サーレットが最初に違和感を感じたのは、ソフィアの家に到着した後、玄関に通された時だった。居間に移動しながら妹と母親が会話する間も考えていたが、それが何なのかは分からなかった。


 そんな時、ふと居間の隅に落ちていた毛のかたまりを見つけて拾った。掃除が行き届いていないと可愛い妹をからかってやろうと思ったのだが、その瞬間、違和感の正体が解った。


(これは……犬の毛なんかじゃない)


 その毛のかたまりから微量の──無いと言っても過言ではない、ほんのわずかな邪気を感じたのだ。


 そもそも色からしておかしい。毛が落ちていれば普通、共に暮らしているテオのものだと考えるところだが、これは灰褐色だ。


 ソフィアは涼しい顔で「狐」のものだと言ったが、サーレットは心の中で即座にその毛の正体を導き出していた。


(有毛の魔族といえば……魔獣の類いか?)


 家の中に通された時から感じていた違和感は、この家のそこかしこに残る邪気の気配だったのだ。優秀なサーレットでさえもすぐに気付けないほどに微量の。


(つまり、その魔獣か何かがこの家にずかずかと上がり込んでいるというわけか)


 ソフィアが真実を語りたくないのであれば、無理に問い詰めるつもりはない。だが、サーレットは可愛い妹を守るために真実を知らなければならなかった。今すぐに。


 そのために自らの結婚準備にも関わらず母と妹に丸投げし、こうして全てを知るはずのテオと二人きりになったのだ。


「あの毛玉の正体だよ。もちろん、ただの狐なんかじゃないだろう?」

「さすが王宮魔導士といったところか。まあ、王宮魔導士団でもおぬし以外に気付ける魔導士はおらぬだろうがな」


 テオがニヤッと笑う隣で、サーレットは先ほどの感覚を思い出しながら口を開いた。


「本当に微々たるものだったが……確かにあの毛玉から邪気の残り香を感じた。それに、家のあちこちからね」

「……あやつの魔族特有の邪気は薄まってきたと思ったのだがな」


 テオがそうボソッと呟くのを見て、サーレットは眉をひそめた。


「どんな魔獣なんだい? ソフィーは動物が好きだからな。見た目に惑わされて可愛がっているのだろう。返答によっては怒るからね?」

「獣人だ。雄の、ソフィアと同じ年頃のな」

「……つまり、若い男、ということか?」


 サーレットがわなわなと震え出す様子を、テオは「やはりこうなったか」と言わんばかりの呆れ顔で見遣る。


守護者ガーディアンとして役目を果たしてくれると信じていたのに……! どこの馬の骨だか分からない男を、一人暮らしのソフィーの家に上げるなんて……!」

(……問題はそこではないだろうが)


 わっと顔を突っ伏したサーレットの背中に、テオはポンと片足を乗せる。


「まあ落ち着け、シスコン兄よ。儂が思うに、あやつは大丈夫だ」


 テオなりにサーレットを安心させたかったのだが、サーレットはやけに冷静な口ぶりで話し始めた。


「長く生きている君なら分かっているだろ? 羊のように人畜無害を装っている奴でも男ってものは皆ケモダノだとね? いや、獣人なら元々ケモノなんだが……じゃなくて! あんなに可愛い娘相手に下心を抱かない男なんてこの世にいないんだからな‼」


 ついにはわっと泣き出すサーレットに、テオはため息をついた。


「……あの小僧はな、ソフィアのことを一番に思うておる。だからおぬしが考えているようなことは決して無いぞ」

「ほ、本当かい……?」


 テオの言葉に、サーレットがピクリと反応する。


(但し当のソフィア(ほんにん)が嫌がっておらん場合は除いて、だがな……)


 大事な一文を心の中で付け足したのは、テオなりの優しさだ。


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