11-2 進んだ道は正しかった
「……まさか、このままサヨナラできるなんて思ってねーよな?」
「あの時の続き、しよーぜ?」
そう言うと、ガーゴイルたちは片手に剣を構え、もう片方の手に魔力をこめ始めた。卑しい笑みを顔にはりつけているが、その裏には以前の怒りがまだ残っているようだった。
ライジーは駆け戻った。“境の森”の中に向かって。
「ハーッハッハッハ! 逃げるしか能がねえのは、変わらねえなあ!!」
「いいじゃねえか。少しくらい楽しませてくれるんだろうよ!」
ライジーに剣や魔力玉で次々と攻撃を加えながら、ガーゴイルたちは追いかける。
ライジーにとっては、ロイとアイザックから目を逸らさせることができるなら、何でもよかった。この身がどうなろうとも。
(でも……死ぬわけにはいかねーんだ)
ソフィアと出会ってしまったから。
ソフィアと会えなくなるのは絶対に嫌だった。今ライジーがしなければならないことは、生き延びることだった。
前回は、このガーゴイルたちを罠に嵌めるつもりが、逆に自分が嵌まってしまった。
だが今回は違う。ライジーはあれから、たくさんの本を読み、学んできたのだ。
折しも、魔族について書かれた本を読んだところだった。様々な魔物の性質や弱点が紹介されている中で、ガーゴイルのそれも確かにあった。
(“ガーゴイル”……元は石像だったせいか打撃や斬撃に強い。けど、一点集中型の攻撃──先端を円錐形に加工された武器や魔法には弱い)
ライジーは本の内容を思い出しながら、考えた。残念ながら貫通力に優れた武器は持ち合わせていない。鋭い爪が獣人にとって武器になるが、貫通力には欠ける。
しばし考えた後、ひらめいた。
(要は……尖ったものでぶっ刺せばいーんだな)
突然、走る方向を変えたライジーに、ガーゴイルたちは軽快に羽を翻し、その背中を追いかける。
「おぉ? 懲りずにまた結界の力に頼るもんだと思ってたんだがな?」
「今頃気付いたんじゃね? そんなんじゃ敵わねえって」
低俗な笑いが背中にぶつかるが、ライジーは気にせず走り続ける。とにかくガーゴイルたちには油断しておいてほしいからだ。
走りながらガーゴイルたちの攻撃を避けているものの、やはり無傷というわけにはいかない。斬撃や魔力玉が時折、身をかすめるが、ライジーは目的地にたどり着くことに第一に走りに走った。
やがてたどり着いたのは、深く大きな谷間。谷底には、ひとつづきの岩根が広がっている。
そして、その岩根からまばらに伸びているのは、先が鋭くとがった円錐状の岩々だった。尖った先端は崖上に向かって高くそびえている。
魔界特有の邪気に包まれた環境ゆえにこのような地形になったのか、この針底谷は大昔から存在する自然物だった。
「ん~~?」
「こんなさびれた場所に連れてきやがって、今度はナニ考えてンだ?」
ガーゴイルたちがそう揶揄うのと同時に、ライジーは崖上から飛び降りた。
「! あいつ、飛び降りやがった」
「逃げたんじゃねえのか? 追え追え!」
間髪入れずにガーゴイルたちも崖から飛び降りる。
「ハッ、俺たちが飛べるってことを忘れてるのか。相変わらずマヌケな奴だ」
そう鼻で笑った瞬間、彼らの目の前をライジーがヒュンと横切った。
「……は?」
ライジーは崖をつたう太い蔓に掴まって、谷間を滑空していた。目の前を通りぎていったと思いきや、再び目の前に現れ、そしてまた遠ざかっていき……とその動きは完全に予測不可能だ。
しかもその際のライジーが、人を小馬鹿にしたような顔をしていて、余計にガーゴイルたちの癪に障る。
「ばっ、バカにしやがっ────」
ガーゴイルたちの頭にカッと血が上る。あいつを斬ってやろうと腕を上げたところで、彼らはようやく気付いた。自分たちの体が重なった状態で蔓に巻き付かれ、身動きが取れないことに。
「なっ、なぁあぁ!?」
──ガーゴイルたちが油断している隙に、蔓で彼らの動きを封じる。ライジーの狙い通りに事は進んだ。
あとは最後の仕上げだ。ライジーはガーゴイル二体を片手で持つと、空いた手の爪で蔓を切った。
ガーゴイルたちは飛ぶどころか身動きひとつ取れないまま、ライジーに導かれ、円錐状の岩めがけて真っ逆さまに落ちていく。彼らはもはや、激昂して叫ぶことしかできない。
「きッ、貴様~~~~」
ガーゴイルたちの鬼の形相に対し、ライジーはたった一言だけ返す。
「あばよ」
切れ味のよさそうな岩の先端が、どんどん近付き──。
そして、谷間に断末魔の叫びが響き渡った。
(自分より強い魔物を倒せた? 獣人が? 信じらんねー……)
満身創痍の体で何とか崖の上に這い上がると、ライジーは息を整えつつ、そう思った。
だが谷を覗くと、息絶えたガーゴイルたちの姿が遠目に見える。獣人が自らより格上の魔族を倒したのは確かな事実だった。
すべては、本に書かれていた知識による功績だった。ライジーが文字を学んでいなければ、あの本を読んでいなければ、成せなかったことだ。
「やっぱり、俺の考えは間違ってなんかいなかった……」
父親は理解してくれなかったが、これで「文字を学び、知識を得る」ことが正しいと証明された。自らの進む道は合っていた。
それがわかっただけで、ライジーは未来に希望の光が差し込んだように思えた。
とにかくこんな場所からは離れることにして、ライジーはよたよたと歩き出した。そんな自分の弱った体を見て、ライジーは力なく笑った。
「はは……こりゃ、しばらくリリーに会えねーな」
この傷だらけで会えば、ソフィアを気絶させてしまうか、そうでなくてもかなり心配させてしまうだろう。残念だが、会いに行くのは傷がある程度癒えてからの方が良さそうだ。
そんなことを考えながら歩くライジーの姿を、遠くから見つめるひとつの影。
「イイもの見ィつけちゃった……♡」
にいっと口角を上げると、それは人知れずその場から姿を消した……。




