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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第二章

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11-1 いなくなった二人


 父親と言い争った日以来、ライジーが獣人の里で過ごす時間はますます少なくなっていた。


 里に居られないからとはいえ、ソフィアの家に居座る訳にもいかない。


 そんな時に境の森”で見つけた、古びた小屋。ソフィアの家に次いで落ち着ける場所として、ライジーはこの小屋で過ごすことが多くなっていた。


 とはいえ、生まれ育った故郷を見捨てた訳ではない。里に異常がないか、時々こっそりと帰っては里の様子を確認していた。


 この日もライジーは里の周囲の物陰に潜み、里の様子を窺っていた。


 いつものように変わらない様子であればそのまま小屋に戻るところだった。が、今日は里全体がさざめいていた。


 獣人の大人たちがあちこちに散らばって、何かを探しているようだった。


「──森にもいなかったぞ!」

「なんてこと! もうこんなに日が高いのにまだ戻ってこないなんて……」


 皆、深刻な表情で喋っている。遠目で見ていても、里の誰かが行方知れずになったのは明らかだった。


「ロイとアイザックの二人……まさか、他種族の奴らに拐かされたんじゃ。もしかしたらもう喰われているのかも──」


「馬鹿なことを言うでない」


 そう獣人の一人が呟いたのを見て、ちょうどその場に現れた長老が諫めた。


「もう一度、二人が立ち入りそうな場所を子どもたちに訊ねてみよう。それから手分けして探すのだ」


 里の者たちにそう指示を出す長老を尻目に、ライジーはすでに駆けだしていた。


「あンのバカどもが……!」


 太陽の出ている日中に里の外に出るのは危険だ。なぜなら、強い魔物がうろついているからだ。


 ふつう魔物というのは、聖なる光を放つ太陽を嫌って、日の落ちた時間帯に活動するものだ。


 だが、中には、日が高い間でも活動できる魔物もいる。そういった魔物は大概、太陽の神々しささえはねのけられるほどの邪気を持つ、強い魔物なのだ。


 故に、夜明けには里に戻らないといけないという決まりは、子どもでも知っている。


 それなのに戻っていないということは、里の者が最悪の事態を想像するのも無理もないことだった。


 とにかくライジーはがむしゃらにあちこち探し回った。子どもたちが行きそうな場所は全て。


 だが、どこにも二人の姿はない。


(これだけ探してもいない……)


 ライジーの頭にも最悪の結末が頭をよぎる。


 その時、ライジーの頭にふとあの場所が思い浮かぶ。子どもたちが近づく訳がないと思って探さなかった、あの場所。


(……まさか、な)


 そう思うものの、念には念を。そう思いながらライジーが向かった先は、“境の森”だった。


 いつもだったらソフィアの家に一直線に向かうところだが、今日は森のあちこちを駆け回る。


 二人の姿を探す間、結界のある方角──人間界から、例の不快な音が聞こえてくる。


「ちっ……タイミング悪いぜ」


 そう舌打ちライジーだったが、ふと気づく。以前と比べると、この音がそれほど苦痛ではないことに。


(これも、ソフィアの読み聞かせの能力ちからのおかげってわけか……)


 ソフィアの“浄化”の能力が働いて、ライジーの邪気が薄まっているというわけだ。


 ただロイとアイザックはそうではない。もし本当にこの森のどこかに居るならば、きっとこの音に怯えているに違いなかった。


(早く見つけてやらねーと)


 そう思いながら、随分と森の中を探し回るうちに、本当に見つかった。


「……おまえら!」


 森の中にぽっかりと空いた、深い窪みの中に、ロイとアイザックの二人は身を寄せ合い、縮こまっていた。ライジーが上から声を掛けると、子どもたちはハッと顔を上げる。


「ら、ライジー……」


 ロイが弱々しい声でそう呟いただけだったが、二人ともどこも怪我はしていなさそうで、ライジーはとりあえずホッとした。


 この竪穴に落ちてしまったものの、子獣人には深すぎたのだろう。ジャンプしても地上に届かず、壁は逆斜面になっていて登ることもできずで困り果てていたというわけだ。


「端にどいてろ、いま行く」


 子どもたちがササッと壁に身を寄せた瞬間、ライジーはサッと窪みの中に飛び込み、着地する。


「あのなぁ──」

「わーーーーん!」

「ライジー!」


 説教でもしてやろうとした瞬間、ロイとアイザックが泣きながら飛びついてきたので、ライジーは出鼻をくじかれてしまった。ため息を一つ吐くと、ひとまず二人の頭をくしゃっと撫でた。


「俺の言いたいことは分かるな?」


 そう聞かれ、ロイはアイザックは一度視線を交わし、こくんと頷いた。


「……うん。ごめんなさい」

「もう子どもだけでこの森に近づかないよ」


 それが聞ければ、もう話すことはない。ライジーは二人を両脇に抱えると、身軽にもひとっ跳びで穴を出た。


 そのまま二人を抱えながら、ライジーは駆け出した。用が済めば、こんな場所に長居は無用だ。結界のあるこの森には魔王の偵察兵がうろついているかもしれないからだ。


「……ライジー、ごめんなさい」


 森の中を移動しながら、突然右脇のロイが泣きそうになりながら、そう呟いた。


「さっき謝っただろ」


 ライジーはその話は終わっただろと言わんばかりにため息を吐いた。が、ロイは頭をふりふり、続けた。


「ぼくなんだ……はじめに見つけちゃったの」


 しょんぼりとするロイの反対側で反論したのがアイザックだ。


「ロ、ロイはわるくない。ぼくなんだ。おかあさんにきかれて話しちゃったから……」


 アイザックが弱々しくもしっかりとした口調で訴えるのを見て、ライジーは何となく話の筋が見えてきた。


 木の根元に隠していたライジーの本をはじめに見つけたのは、鼻のいいロイだったのだろう。その後、子どもたちが物珍しい本に群がるのは想像に容易い。そして、アイザックの母親が里に戻ってきた我が子の様子に何かを感じ取ったのか、いつもと違うにおいを嗅ぎ取ったのか。詰め寄られ、アイザックは誤魔化しきれなかったのだろう。


 ライジーは「そんなことか」と言わんばかりにため息を吐くと、口を開いた。


「……別に、おまえらが悪いわけじゃないだろ」


 今さら、誰のせいで本の存在がバレてしまったなどと責めるつもりは毛頭ない。あんな所に隠した自分が悪いのだし、獣人の運命を変え得る本の可能性を伝えたかった身としては別に仲間に見つかっても構わなかった。


「……あ。もしかして、俺を追いかけようとしてこの森に入ったのか?」


 そう尋ねると、ロイとアイザックはこくりと肯いた。


「このあたりまでライジーのにおいがつづいてたから。おいかけたんだけど、とちゅうでわからなくなちゃって」

「ぼくたち、ライジーにごめんねって言いたかったんだ」


 それを聞いて、ライジーは愕然とした。


(バカヤローは俺だ……)


 愚かなのは、無謀にも“境の森”に立ち入った子どもたちではなく、自分だ。獣人の運命を変えたい、仲間を守りたいと願っていたはずが、逆に仲間を危険に晒していたのだから。


「────!」

「……ライジー?」


 急に立ち止まり、地面に降ろされたロイとアイザックは、不思議そうにライジーを見遣った。


「もう森の出口まで来た。あとはとにかく里まで走れ」

「え、ライジーは?」

「いいな?」


 強い口調で言われ、子どもたちは頷くしかなかった。


 脱兎のごとく駆け出していった二人の姿を見送ると、ライジーはふうと息を整えた。額から汗が流れ落ちる。


(……クソ、あいつらの姿を見られた。俺が引き付けねーと)


 先ほど、感じたあの魔力。あの邪気。嫌というほど、覚えがある。


 あいつらの魔力攻撃で一度、死にかけたのだ。忘れるはずがない。


「よお、生きてたのかよおまえ」

「あのままおっ死んだと思ってたのによ。虫けらみたいにしぶとい奴だぜ」


 背後からそう声を掛けられ、ライジーは振り返った。


 ケタケタと卑しく笑うその顔は、まさしくあのガーゴイルたちだった。


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