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2-1 変わり者

 吸い込まれそうな青い空に、雲がゆったりと流れていく。本日も絶賛木苺摘み日和だ。


「あー、いい天気」


 空に向かって、ぐぐっと体を伸ばす。本を読んでばかりいたから、体のあちこちが凝り固まっている。


 それからしばらくの間、木苺摘みに勤しむ。今日は籠をふたつ持ってきたから、摘み甲斐がある。

 籠ふたつ分なのは、私の食い意地が張っているからではない。食べる人が一人増えたからだ。


「ふう……ちょっと休憩」


 籠ひとつがいっぱいになったところで、手を止める。


 傍で寝そべるテオが目に入る。テオはいつも私のそばに居てくれる。まるで守護者ガーディアンのように。


 いつもと変わらぬ穏やかな光景に目を細めていると、突然テオが顔を上げた。


 テオの視線の先には、森がある。そう、獣人の男の子ライジーと出会った、あの森だ。


 テオの視線の意味に気付いて、籠はそのままに、私は森に向かって駆けだした。テオも私の後をついてきてくれる。


「ライジー!」


 森の前まで来ると、声を上げた。すると、ひとつの木がガサガサ揺れたかと思うと、狼の耳が頭の上に付いた顔がひとつ、葉の間から現れた。


「……他にニンゲンはいないな?」


 琥珀色の目が、きょろきょろと辺りを警戒している。彼にとってここから先は異種族の領土だから、それも無理はない。


「うん! 人が来る予定もないし、大丈夫よ」


 そう答えるや否や、ライジーの顔が再び木の中に引っ込んだかと思うと、一瞬で地面に降り立った。その身軽さに思わず見惚れてしまう。


「それにしてもおまえ、何でオレが来るタイミングがわかるんだ? この前もオレがこの森に着いた途端、迎えに来ただろ」


 ライジーが頭に付いていた葉っぱをぶるぶると振り落としながら、尋ねる。


「テオが教えてくれるからね」

「ふーん……そのワンコロがねぇ」


 そう呟きながら、ライジーがじっとテオの方を見る。テオはテオで、その視線にパタッと尻尾を一振りしただけで、まるで気にする素振りもない。


「ま、いーや。で、地面に座り込んで何やってたんだ?」


 どうやら見られていたらしい。先ほどの場所まで案内すると、籠いっぱいに収穫した木苺を見せながら説明した。


「木苺摘みよ。この辺り一帯は木苺畑が広がっているから、今の時期になると、こうやってよく摘みに出るの」

「こんなちっせぇもん、よくもまぁちまちまと……」

「ごめんね、ライジー。あとこの籠ひとつ分摘みたいの。だから、読み書きの練習はその後でもいい?」

「は? こんなのどうでもいいだろ、早くこの前の続き教え──」

「ライジーがこの前食べてたジャム、この木苺で作ってるんだけどなぁ……」

「貸せ」


 持っていた空っぽの籠を、パッとライジーに取られた。見ると、ライジーが地面にうずくまって黙々と木苺を摘み始めている。獣人らしい大きな手でぎこちなく摘むライジーが可愛く思えて、思わず笑みがこぼれてしまう。


 一緒に摘もうと私も隣に座ると、ライジーが照れくさそうに視線だけを遣って言った。


「……この前のアレ、もっかい食いたいんだけど」


 前回の読み書きの授業の時、お茶請けにスコーンと木苺のジャムを出したのだけれど、この様子では、結構気に入ってくれたみたいだ。


 そういえば、初めての人間の食べ物に最初は警戒していたライジーも、恐る恐る一口食べてからは、お皿がきれいになるまであっという間だった。


「ふふ。木苺のジャム、帰ったら早速作るね。スコーンもたくさん焼こう」


 あの日、読み書きを教えるとライジーに気持ちを伝えてよかった。こうして、彼は時々ふらっと来てくれるようになったのだ。初めの頃と比べると、ライジーも少し打ち解けてくれたように思う。


 やがて、ふたつ目の籠も一杯になったので、摘んだ木苺を持って家へと戻ることになった。その道すがら、遠目に見える私の家を見ながら、ライジーが尋ねた。


「それにしても、こんな辺境に一人で住むのがフツーなのかよ? ニンゲンの雌ってのは」


 そう聞くということは、人間の女性が一人で辺境地に暮らすのは、獣人から見ても奇妙に映るということだ。つまりは、獣人たちの世界でも、人間のように集団で暮らすのが普通なのだろうか? 新しい発見に少し嬉しくなりながら、説明する。


「ええとね、辺境地に一人で住むことはほとんどないかな。やっぱり、その、この辺りはライジーたち魔族の領土との境目だから……」

「じゃ、何でソフィアは住んでんだ」

「そんな人を世間は『変わり者』と呼びます」


 自慢するようなことじゃないけれど、その自覚はある。辺境伯家の令嬢として生まれたものの、自ら世捨て人のような生活を望んだのだから。


 ライジーはさらに突っ込んで聞きたげな顔をしていたけれど、家に着いてしまったからこの話はおしまいだ。わざわざ歩みを止めてまで話すことでもない。


 ……いや、違う。彼に自分のことを知ってほしいと思う気持ちはある。けれど、自分の欠点をさらけ出すのが怖いのだ。


 私の過去を知ったライジーは、どう思うだろう。嘲笑うだろうか、それともがっかりするだろうか──。

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