9-1 こっちを見てくれないあいつ
獣人の里は束の間の平和だった。
そんな時は、里の子どもたちも子どもらしさを取り戻す。今日も彼らは、里の近くの森を遊び場にたむろしていた。
全部で六人の子どもたちは、食べられるものを探したり、鼠を追いかけまわたり、じゃれ合ったり、それぞれ思い思いに過ごしていた。
その中でも、二人の子どもたちは草むらの中でただじっと、うずくまっていた。
「ロイ! そっち行ったぞ!」
茂みに隠れていた一人の獣人の子が、同じく近くに隠れていた仲間に向かって小声で叫ぶ。
ロイと呼ばれた子は、その声に体をびくっとさせると、耳と尻尾をピンと尖らせ、低く唸った。
「うぅ~~」
目の前には、一羽の兎。ロイが隠れている場所に向かって、少しずつ近付いてくる。
「──いまだっ!」
その掛け声と同時に、ロイは草の中から兎に飛びかかった。
だが、兎はひらりと身を躱して、ぴょんぴょんと逃げて行ってしまった。
「またしっぱい……」
しょんぼりするロイのもとに、草むらから出てきたリャゴスが言った。
「とびかかるのはもっとひきつけてからだな」
「ロガはもう三回もうさぎをつかまえてるのに……」
「ロガは狩りがうまいもんな。でも、おれたちの中でいちばんいい鼻もってんのはおまえだろ。遠くにいるうさぎだって見つけられるんだし。ま、げんきだせよ」
リャゴスはポンとロイの背中を小突いた。リャゴスは里の子どもたちのリーダーである。だから、子どもたちの面倒や狩りの練習に付き合ってやるのも、彼の役目なのだ。
獣人の子どもたちはこうやって、幼い頃から子ども集団の中で獣人としての生き方や群れの中での立ち居振る舞いを学ぶというわけだ。
「うん……あ」
リャゴスに励まされたロイは少し元気を取り戻したらしい。少し笑って頷くと──、何かに気付いたように鼻をクンと動かした。
「──ねえ、ライジー見なかった?」
声を同時に、一人の女の獣人──カーラが軽快な身のこなしで地面に降り立った。
彼女もかつては子ども集団で獣人としての在り方を学んだ一人だ。そしてその時のリーダーは、同じ頃に生まれた──現長老の息子である、ライジーだった。
「ライジー? みてないよ」
「しらなーい」
リャゴスが答えた後に続けて、ロイも口を開く。
「そう……あいつ、どこ行ったんだろ。いつもの場所にはいなかったし……」
縄張りの中でもライジーがよく居る場所は、長年の付き合いでカーラは把握しているつもりだ。それが最近では、ライジーの姿を見失うことが増えていた。
「カーラぁ。ライジーのかわりに、あそんでよ~」
ロイにしがみつかれたカーラは、少し申し訳なさそうな顔をしてから、ロイの頭を撫でた。
「ごめんね。もうちょっと、ライジーを探してくるよ」
「えー? ライジーのやつ、さいきんつきあい悪いのに、カーラもかよぉ」
「つまんなーい」
リャゴスとロイがぶうぶう言うのを後ろ手に聞きながら、カーラは再び駆けだした。途中で木に登り、枝から枝へと飛び移りながら、リャゴスの言葉を思い出す。
(そっか……子どもたちの所にも最近来てないんだ)
面倒くさそうにはしていたが、なんだかんだ面倒見のいいところがあったのに、そのライジーが近頃は子どもたちの所に顔を出していないとは。
気がはやる。ライジーが何か良からぬことに巻き込まれているのではないかと。
思えば、彼の様子がおかしくなったのは、大怪我の痕跡を残した体で里に帰ってきた時からだ。恐らくいつものように他の魔族にやられたのだと推測はできるが、全身切り付けられたような傷だらけで、胸の焼けたような跡は目を背けたくなるほど酷いものだった。
そしてカーラが最も気になったことといえば、そんな酷い怪我をしたというのに、異常に治りが早いということだった。
自分で傷の手当てでもしたのかとカーラは訊ねたが、ライジーは何も答えなかったので真相は分からない。
だが、ライジーに異変が見られるようになったのはそれからだった。
(ライジー……一体、何を隠してるの?)
体を張って里を守るライジーを隣で見ていて、口にこそ出さないが、彼こそが次の長老になると思っている。幼なじみとして、好意を寄せる身として、カーラは彼の力になりたかった。
だが、彼の方はちっともカーラを見ようとしない。カーラには、ひとかけらの興味も持っていないようだった。
ライジーが興味を持っているのは、獣人よりも上位の魔族たちへの反抗心だけだ。
彼は獣人がなぶりものにされるのを、いつまでたっても受け入れようとしないのだ。何百年何千年と、獣人が生まれた時からずっと、獣人はそうして存在してきたというのに。
カーラはというと、里の他の皆と同じように「それが獣人の運命であり、仕方ないことだ」とほとんど受け入れていた。
だが、ライジーがそれに立ち向かうというなら、喜んで彼に付き従いと近頃は思うようになった。
あてもなくライジーの行方を探し回りながら、カーラは歯をグッと噛みしめる。
(──思ってるのに)
ライジーは自分を見てくれない。




