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1-5 私が教えてあげる

 最後の一文を読み終えると、私は本を閉じた。そして、重い、重い、ため息を吐いた。


 この本を読み終えた後はいつも暗い気分になる。けれど、なぜだか、たまに読みたくなる本であるのも事実だった。それは、天涯孤独の身となった英雄が、貴族社会に溶け込めずに辺境で暮らす伯爵令嬢の自分と重なったからかもしれない。


 その時、はっと気付いた。読後の余韻に浸っている場合じゃない。今日は一緒に読んでいるのはテオだけでないのだ。


 私がパッとそちらの方に振り返ると、獣人の男の子は泣いていた。琥珀色の大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれていた。


 彼も、自分が泣いていることにたった今気づいたようで、ごしごしと目を擦りながら、言い訳を始めた。


「ちっ、違っ……! これはなんだ、そう、目に何か入って──」


 私がじっと見ているからか、彼の顔は、もとい首元まで真っ赤になっていく。彼が言い訳を諦めた時、私は口を開いた。


「これ……私も、初めて読んだ時は涙がこぼれました。一緒ですね」


「ふ、ふん。オレは別に泣いてたワケじゃ──」


 まだ認めたくない姿が微笑ましくて、私はくすっと笑ってしまった。でも、彼の泣き方なんて全然マシだ。私に比べれば。


「私が泣いた時は涙がこぼれるどころか、それは大泣きで、驚いた家族たちが飛んできたくらいで……六歳の頃だったかな」

「ガキの頃の話じゃねーか!」


 彼はわめいたけれど、くすくすと笑う私を見て、諦めたらしい。ふんと鼻を鳴らすと、ベッドの中に潜ってしまった。


 シーツの下の彼に向かって、私はおずおずと言う。


「……あの、本を嫌いにならないでくださいね。これはこういう結末でしたけど、幸せな結末を迎える物語はたくさんあるんですよ」


 そうだ。この話は子ども向けらしからぬバッドエンドだったが、ハッピーエンドの物語は他にたくさんあるのだ。


「……別に、嫌いになってねーよ」


 シーツの中からぼそっと聞こえて、嬉しくなった。


「あの、うちにある本でよければお貸しするので、ぜひ読んでみてください! 実はですね、この英雄の物語にはまだまだ続きがあるんです。それをあなたに読んでもらいたくって──」


 ついつい本の勧誘に熱が入ってしまうのは、本オタクの悪い癖だ。けれど、そんな私の熱弁を、彼の一言が止めた。


「読みたくっても、字が読めねーよ」

「あ……そうなのですか」


 うっかりしていた。確かに、言葉が喋れるからといって、文字の読み書きができるとは限らない。そもそも、魔族の世界に文字が存在するかも分からないのだ。


 でも、彼が字を読めないからといって、そこで終わりにしたくなかった。


 実を言うと、倒れている彼を見つけた時は、恐ろしかった。胸のむごい傷だけでなく、存知外の魔族という存在が。


 けれど、今は彼のことを少しだけ知っている。

 口は悪いけれど、無邪気で好奇心旺盛で、ちょっとだけ臆病。そして、悲しい物語を聞いて涙する心を持っている。


 彼ともっと本を読みたい。そして、知りたい。彼がどのようなことで笑い、どのようなことで泣くのかを。


 その思いが、私を突き動かした。


「私が字の読み書きを教えて差し上げます!」


 彼はびっくりして、シーツから顔を出してきた。


「……獣人だぞ、オレは」

「関係ありません! 本を読みたいと思う者すべてに、等しく本の道は開いているのですから!」


 彼はしばらくの間、何か考え込んでいるようだった。やがて口を開くと、ぽつりと一言。


「──ライジー」


 私がきょとんとした顔をしていると、彼は恥ずかしそうに鼻を鳴らした。


「オレの名前」


 彼が名乗った意味が分かって、胸にじわじわと嬉しさが込み上げてきた。私も名を返す。


「私は、ソフィアです。よろしく、ライジー」


 嬉しさのあまり満面の笑みで返したら、彼──ライジーは、照れたようにシーツの中に潜り込んでしまった。


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