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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第二章

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8-2 ライジーの計画

 


 ◇◇◇





 里が全滅する前に何も手を打とうとしない父に腹が立つし、魔力を持たないためにさっさと里を救えない自分にも腹が立つ。


 だが、父の考えが結局は正しいことはライジーも理性では分かっていた。以前、年寄りをはじめとした里の者たちを、何気なく探ったことがある。彼らも、父と同じような考えだった。


「くそっ……!」


 里を出た後、放浪していたライジーはむしゃくしゃして、太い木の幹を蹴り上げた。

 木は蹴った部分からぽっきりと折れ、ずしんと地面を震わせながら倒れていく。その様子を見ながら、ライジーはポツリと呟いた。


「力なら負けてねーのに」


 獣人は魔力こそ持たないが、頑丈な体とずば抜けた身体能力がある。それを活かして、他の魔族をねじ伏せることは不可能ではないはずだ。


 それなのに、あの父親はそれを考えようとすらしない……。


 その時、ふと耳障りな音が聞こえてきた。それで、ライジーは自分が魔族の領土の端まで来てしまっていることに気が付いた。


 この森の奥には人間が張ったという結界があるという。それは人間が自らの身を守るため、魔族やその攻撃などすべてを跳ね返してしまう、魔族側にとってそれは恐ろしいものであることをライジーは里の年寄りから聞いていた。

 しかも結界近くとなると、時折こうやって不快な音が聞こえてくるのだ。それが嫌で、魔族はほとんど──少なくとも魔力を持たない獣人は、この森に近づくことはなかった。


 ライジーは急いで森を出ようと駆けだした──が、すぐに立ち止まる。


 全てを跳ね返す結界に、この屈強な肉体。


 この二つが頭の中で結び付く。


「……これ、いけるんじゃねーか……?」


 ライジーはその瞬間、思いついたのだ。獣人を虐げる他種族の魔物たちを見返すための妙案を。





 ◇◇◇





 それからライジーは、結界の森付近で毎日待ち構えていた。木に上って辺りの様子を窺っていたその日、ようやくその時がやって来た。


(……あいつら……)


 万葉の隙間から見下ろすと、そこにはガーゴイルが二体、ちょうど空から降り立つところだった。


 ガーゴイルは呪われし石像に命を吹き込まれることで生み出された魔物で、コウモリのような羽を持つ。そして、この魔界の王──魔王の偵察兵であることが多い。


 人間の領土への進出を狙う魔王にとって、この森の結界はいわば目の上の瘤。この日も、このガーゴイルたちは結界の様子を見に来ていたのだった。


 そして、ガーゴイルたちは魔王の配下としての重圧からなのか、頻繁にライジーたちの里を憂さ晴らしに使っていた。つまりは、ライジーのターゲットになるには申し分ない相手だった。


「おーい、そこの魔王のイヌ!」


 頭上からそう声がしてガーゴイルたちが見上げると、木の上に一人の獣人が立っていた。そう、魔族階級の底辺である獣人が。


 彼らは互いに目を交わすと、ゲラゲラと笑い始めた。


「あいつ、何か言ったか?」

なぶり過ぎて、ついに頭が狂ったんじゃないか?」


 いつものライジーなら、そこで我慢できなかったかもしれない。


 だが今日は、抑えることができた。後の計画のため、挑発に乗るのではなく、乗らせないといけないのだから。


「聞こえなかったんなら、もう一回言ってやる。魔王のイヌって言ったんだよ! あぁ、すまねぇ。イヌじゃなくて捨て駒だったか? クソヤローども!」


 獣人からの煽り文句に嘲笑も加われば、さすがのガーゴイルたちも笑みが引っ込んでいった。


「殺したらなぶる相手がいなくなると思って手加減してやってたが……」

「どうやら死にたいようだな?」


 ガーゴイルたちが剣を構えると、ライジーめがけてひとっ飛びに襲い掛かる。


(──うまくいった!)


 ガーゴイルたちを挑発させるのには成功した。後はこのまま、あの場所までうまく誘導するだけだ。


 身軽さと脚力ならガーゴイルに勝つ自信がある。ライジーはひらりと二本の剣を躱すと、身を翻して駆けだした。


 一目散に逃げ出したライジーを見て、ガーゴイルたちはその背中を追った。


「逃げるのか?」

「はっ、さっきの威勢はどこにいった!?」


 ライジーはガーゴイルたちからそれほど距離を空けずに駆けていく。そうすることで彼らに剣を振らせることだけに集中させ、それ以外のことから気を逸らすことができる。


 どのくらいの距離を来ただろうか。ガーゴイルたちが気付いた時には、そこは森の奥深くだった。


 ライジーは結界を背に向け、立っていた。


 魔力で構成されている結界は物質的な壁があるわけではないので目には見えないが、ライジーでも肌に何かピリピリとしたものを感じることができる。


 そんな中、攻撃を躱され続けたガーゴイルたちが、いきり立った様子でじりじりとライジーに近付いていく。


 気に入らない獣人のすぐ後ろは結界で塞がれ、逃げ道はない。そう思ったのか、彼らの表情から余裕を取り戻したのが窺える。


「手間かけさせやがって……。追いかけっこは終わりだぜ」

「さあて、いくつに斬り分けてやろうか?」


 息の上がったガーゴイルたちが剣を構え、飛びかかろうとした瞬間──ライジーはニヤリと笑う。


「剣じゃかすりもしなかったのにホント頭が足りねーな……剣振り回すだけしか能がないのかよ」

「……なんだと?」

「あー、だから捨て駒なんだな。おまえらみたいなクソヤローには十分なお役目ってこった」


 ライジーの声高な笑い声が導火線となった。ガーゴイルたちはほぼ同時に剣を投げ捨てると、手を前に突き出した。


「魔族の蛆虫うじむしがああぁぁーー‼」

「死ねぇええぇぇえ!」


 殺気むき出しのガーゴイルたちの手から魔力が暴発する。


 自分に向かって猛スピードで向かってくる魔力玉に対して、ライジーは恐れを抱かずにはいられなかった。だがその一方で、思い通りの展開になったことにほくそ笑んだ。



 ライジーが狙っていたのは、これだ。



 魔力玉がぶつかる寸前、ライジーはかろうじて上方に飛び上がった。


(よし……!)


 この後、標的じぶんを失った魔力玉は結界にぶち当たり、そっくりそのまま跳ね返された魔力玉が今度はガーゴイルたちを襲う。


 そう考えていたライジーは、目の前のあり得ない光景を見て、愕然とした。


 結界に当たる直前で、魔力玉が消えたのだ。霧のように。


「…………!?」


 頭とからだがこの状況に対応するより先に、本能が危険を察知する。


 次の瞬間、ライジーの胸に苛辣からつな衝撃が走った。今まで受けてきたどんな攻撃よりも激しく、酷く、邪険な力だ。


(これは……あいつらの魔力玉……⁉ なんで──)


 あまりのことにライジーはうめき声さえ出せずに、どさりと地面の上に落ちた。


 その体の前に、二組の足が現れる。


「くくく……残念だったなァ。計画通りにいかなくて」


「おまえの考えていることなんぞ、お見通しだぜ? どうせ俺たちに撃たせた魔力を結界で反射させて自滅させようって魂胆だろ」


 ライジーの愕然とした顔を見て、ガーゴイルたちは高笑いした。


「ホンット、獣人てのはマヌケだぜ! よく偵察にここに来てる俺たちが結界に気付かないはずないだろ!」

「知らねえみたいだから教えてやる。この結界の付近にはな、幻術をかけてあんだよ。人間やおまえみたいな低能な魔族を惑わせるためにな」


 途中まで上手くいっていたと見えたのは、全てライジーの幻覚だったのだ。はじめからガーゴイルたちはライジーの思惑に気付いていて、外野から攻撃の機会を狙っていたというわけだ。


 ──相手を嵌めるつもりが、逆に嵌められていた。


 ライジーは悔しくて、情けなくて、歯を食いしばった。


 ガーゴイルたちはその表情に満足したのかニタニタと笑うと、剣を振りかざす。剣先がヒュンヒュンと何度も何度も宙を舞い、いたずらにライジーの躰に傷をつけていく。


「…………ッ」


 胸に食らった衝撃の影響で、まだまともに体を動かせない。


 防御の姿勢をとることができないなか、何十もの切り傷を付けられても、ライジーはうめき声ひとつ出すことなく耐える。痛がる様子を見せれば、この残虐な魔物たちを喜ばせる。それだけは意地でも防ぎたかったのだ。


「ほらほら、黙ってないでケモノらしくキャンキャン鳴けよ!」

「ここまで煩わせといて、簡単にくたばるなよ~?」


 それでもライジーは頑なに声一つ上げず、そのうえで血みどろの顔でガーゴイルたちを眼光鋭く射すくめる。


「弱いくせに、生意気な目しやがって……!」


 それを見たガーゴイルたちはカッとなって、ライジーを思い切り蹴飛ばす。ライジーの躰はゴロンゴロンと吹き飛ばされ、結界のそばで止まった。


「もういい、コイツに飽きた。な、もういいだろ?」

「そうだな。つまらんしな」

「始末した後はどうする? コイツのせいでむしゃくしゃしたまま、魔王様のもとに戻るのか?」

「それなら気晴らしにこの鬱陶しい結界、ぶっ壊してやろーぜ。うまくいけば、人間どもを狩りにいける」

「勝手なことして魔王様に叱られないか?」

「褒められはしても、叱られるはずがないだろ」

「それもそうだな」


 ガーゴイルたちはしばしの作戦会議を終えると、剣を構えなおし、ライジーにじりじりと近寄る。


「人間の血が混じった魔族モドキがオレたちを謀ろうとするなんざ、三百年早かったな」

「恨むなら弱く生まれた自分を恨めよ」


 そう言って、剣が振りかざされた瞬間だった。


「──なんだ!?」


 ガーゴイルたちは横たわったライジーから──正しくは、そばにあった結界から飛び退いた。結界の向こうに、異様な魔力を感じたのだ。


 それは、強大な魔力。おのれよりも圧倒的に優れた魔族の証だった。


 気になるのは、ただ強大なだけではなく、今までに感じたことのない異質な魔力である点だ。近くにそれを感じるだけで、気が狂いそうになる程に。


 とにもかくにも、一刻も早くこの場から離れなければ。ガーゴイルたちはそう感じたのだろう。


「おいっ! こんな奴ほっとけ! 行くぞ!」

「あ、あぁ! 魔王様に報告だ!」


 ガーゴイルたち慌てふためきながら逃げ出したのを、ライジーはかすむ目で見ていた。


 ライジーもその魔力には気付いていた。


 だが、いまは首を動かすことさえできないので、その魔力の持ち主の正体を探るどころか、ガーゴイルたちのように逃げることさえかなわない。


 とりあえずあんな低俗な奴らに殺られずに済んだことに安堵したライジーは、意識が遠のいていった。



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