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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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6-5 本日二回目



 子どもたちの食欲は旺盛で、作り置きのお菓子もやがて全て空っぽになった。食べ過ぎではないかと、しかも甘い物ばかりなので心配だったけれど、子どもたちは何ということのない顔でぺろりと食べきってしまったから凄い。


 思えばライジーもよく食べるので、獣人は概してよく食べる種族なのだろう。


 子どもたちはお腹が満たされたからか、それぞれソファや床の上でまったりとしている。大きなあくびをしている子や、目がとろんとしている子もいて、皆いかにも眠そうだ。ここは人間の子どもも獣人の子どもも一緒で、眠い目を無理して開けている姿は何とも微笑ましい。


「……お昼寝してもいいですよ?」


 そう尋ねたのだけれど、子どもたちは一様に「ねむくない!」の一点張りだったので、私も無理に勧めるのはやめた。


「なあソフィア……。ライジーにニンゲンのもじ、おしえたんだろ? おれたちにもおしえてよ……」


 眠そうな声でそう言ったのは、リャゴスだ。他の五人の子どもたちも、ふにゃふにゃと眠そうに同意の声を上げる。


 それがとても愛らしくて、思わず微笑みながら、私は返した。


「ふふ、いいですよ。でも、どうしてそう思ったんですか?」

「だって……本がよめるようになるんだろ?」

「そしたら、いろんなことがわかるようになるでしょ?」

「そうなったら、おかあさんや里のみんながラクにくらせるようになるよね?」


 そう次々と心の内を話してくれる子どもたちは、本当に尊い。思わず涙腺が緩みそうになるのをグッと我慢して、彼らの頭を撫でる。


「それは感心です。確かに、学びは大切ですからね」


 その時、良いことを思い付いた。眠そうな子たちにさっそく読み書きを教えるのは難しいけれど、本の読み聞かせは? 人間の文字に触れるのに、ちょうどいいのではないだろうか。


 しかも、ライジーにすぐにでも知らせたい本がすぐそこにある。ピクニックから帰ってきて机の上に置いたままの絵本を手に取ると、皆に見せた。


「早速ですが、本を読みませんか。ちょうど、探していた絵本を見つけたところなんです」

「え! よんでよんで!」

「やった~!」


 眠そうにしていた子どもたちは、本という言葉を聞いた瞬間、一気に目が覚めたようだ。目をぱちくりとさせて喜んでくれる。


 そして、もう一人。絵本の表紙を見た途端、耳をぴくんと反応させたのはライジーだ。


「ソフィア、これってもしかして──あの、“英雄”の続編か?」

「ふふ、覚えてくれていたの?」

「あたり前だろ」

「それもそうね。ライジーが初めて読んだ本だものね」


 私がずっと探していた本。


 それは、ライジーと私が初めて出会った日に読んだ物語……いわゆる“英雄”シリーズの第二作目だ。


 あの日、第一作目を読んだ後、この続きを読んでほしいと自分で言ったくせに、肝心の本が見つからず、今に至るのだった。


「ずっと家の中を探していたんだけれど、ようやく見つけたの……。遅くなってごめんね」


 もはや私の声は届いていないくらい、ライジーは目の前の本に心を奪われているようだった。それくらい楽しみにしてくれていたのに、待たせてしまって申し訳ない気持ちになる。


「今、読んでもいい? それとも、一人でゆっくり読みたいかしら……」

「今!」


 即答したライジーは、目をキラキラと輝かせている。子どものように純粋に喜ぶ姿が愛おしくて、私は思わずくすりとしてしまう。


「じゃあ、皆で読みましょうか」


 私が床に腰を下ろすと、子どもたちがきゃっきゃっと集まってきた。


 あっという間に周りを取り囲まれてしまったけれど、いつの間にか後ろに来ていたライジーが自分の膝を叩きながら言った。


「座れよ」

「…………そこはライジーのお膝ですけど?」

「そうだな」


 それがどうした、という顔で頷いたライジーを見て、先ほどのことが思い出される。


 素直に座っても断っても、どちらにしても、このままではあの居たたまれない空気がまた再現されてしまう。


 私はできるだけ穏便に断りたくて、顔に笑顔を貼り付けたまま尋ねた。


「さっきみたいに外じゃないし、体は冷えないから大丈夫よ?」


「ソフィア、そうじゃなくてそれ、“いかく”だよ」


 ライジーが答える前に、子どもたちが口を開いた。


「ぼくたち子どもなのにね~」

「ほんと、子ども相手におとなげないよねー」


 クスクスと囁く子どもたちに、私は首を傾げた。


「……威嚇?」


 どういうことだろう。今の子どもたちの発現からすると、ライジーが彼らに“威嚇”しているらしいのだけれど。私を膝に座らせることが、どうして威嚇になるのだろうか。


 その時、低い声が地面を這うように、ライジーの口から漏れてきた。


「……そろそろその喉笛、かき切った方がよさそうだな?」

「ラ……!?」


 見ると、ライジーは凄い剣幕で手指の関節をポキポキと鳴らしている。そして、普段よりも明らかに爪が伸びていて、さらに鋭さを増している。


 こんなに怒っているライジーは見たことがないから、私は少し驚いた。けれど、子どもたちは全く怯むことなく、きゃっきゃっと実に楽しそうだ。


「きゃー、ライジーがおこった~」

「おこった~」


 ライジーが本気だとは思えないけれど。それこそ、ただの威嚇だと思うけれど。


 私は居ても立っても居られなくて、子どもたちの前を塞ぐようにライジーに向き直った。


「ライジー! あの、その、お膝をお借りしても!?」


 次の瞬間、人が変わったかのようだった。凄い剣幕が解けていき、鋭く伸びた爪も短くなり、すっかりいつものライジーに戻っていた。


「当たり前だろ」

「で、では、失礼しま──」


 その場をおさめるためについ口から出てしまったものの、自分から座りに行くのがものすごく恥ずかしいことに気付く。今さら「やっぱりやめます」とは言えないし。


 私がのろのろしていたせいか、途中からライジーが手を伸ばして、引き寄せてくれたのは、幸か不幸か、助かった。


 ……うう、本日二回目とはいえ、慣れない。ライジーと触れていられるのは正直なところうれしいのだけれど、やはり恥ずかしさの方が上回る。

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