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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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6-4 ずっと、このままで

 


 ◇◇◇



 家に着くと、予想通りの展開になった。


 六人の子どもたちは家の中を興味深々に探索し始め、私とライジーは果てしない質問攻めにあうことになった。


 子どもたちにとって人間の物を見るのはもちろん、人間の領土に入るのさえ初めてなので、当然の結果だとは思う。


 ただ、初めは仕方なく質問に答えてあげていたライジーが、やがて痺れを切らして怒り出し、そうしてようやく、子どもたちは居間に落ち着いたのだった。


 私が紅茶と作りおいていたお菓子を用意して居間に行くと、数人の子どもたちが本棚の前に座り込んでいた。皆で開いた本を覗き込み、珍しげに眺めている。


「うわあ……何だ、このたくさんのうにょうにょ……ミミズとアリだぜこりゃ」

 そう呟いたのは、ロガ。初めて見る者にとって、人間の文字はそう見えるらしい。何だか可愛らしくて、くすっと笑いがこぼれてしまう。


「やっぱ、ライジーがもってたやつと似てる、よね?」

 そう尋ねたのが、アイザック、だったはずだ。他の子たちと比べるとあまり喋らない子だけれど、そのおどおどとした感じが何ともいとしい。


「うん……おなじじゃないけど、そっくり」

 そう答えた女の子はソーニャだ。


 ちなみに、アイザックが言った「ライジーが持っていた」というのは、きっと私が貸した本のことだろう。ここ数か月の間、家に来る度にライジーが本を借りていくのが常だったから。


 テーブルにトレイを置くと、居間の隅の方でキャッキャと楽しげな声が聞こえきた。


 見ると、もう一人の女の子のマカラがテオに抱きついて遊んでいるところだった。


「うわあー! もっふもふだあ~~!」


 マカラがキラキラとした顔でテオをモフモフと触っているのに対し、テオは微動だにせず、無の表情だ。


 ああ、あれは抵抗するのも面倒くさくて、じっとやり過ごそうとしている顔だ。


 あんな顔をしてはいるけれど、テオなりにお客様の相手をしてくれているのかもしれない。本当に嫌がっているなら、そっと離れているだろう。


「そろそろやめてやったら? このかお、見てみろよ」


 そう言って、テオに助け舟を出してくれたのがリャゴスだ。けれど、マカラはぷいっと顔を逸らして言った。


「やーだよー。こんなにもふもふのさらさらで、まっしろなふわふわ見たことないんだもーん」

「まあ……たしかにおいしそうだよな、こいつ」


 そう言いながら、リャゴスがテオをじっと見つめながら、じゅるりと口を動かした。それにつられ、マカラもじっとテオを見つめて呟く。


「……そういわれると、そうかも」


「追加のお菓子、持ってきましたよ!?」


 テオの身の危険を察知して思わず大きな声を上げてしまったけれど、功を奏したようだ。子どもたちが一斉にこちらを振り向いて、駆け寄ってくる。


「わあ~~い!」

「紅茶もありますが、まだ熱いですよ。飲むのはもう少し冷めてからにしましょうね」


 そう言って、子どもたち、ライジー、私の合わせて八人分の紅茶をカップにそそぐと、ふと気づいた。


 ……1、2、3、4、5。子どもが一人足りない。


 気付けば、子どもたちの名前と顔をすっかり覚えていた私は、誰が居ないのかすぐに分かった。双子の片割れのロイだ。


 部屋を見渡すと、ロイはソファに座るライジーの膝の上にいた。足をぶらぶらとさせて、機嫌が良さそうだ。そんな二人を見ていると、微笑ましくなってくる。


 けれど、ライジーは逆のようだ。むすっとした顔でロイに言った。


「おい、なに勝手に乗ってんだ。降りろ」

「やだよ~」

「……おい」


 ケロッと断ったロイを、ライジーがじろりと見下ろす。


 ロイはその睨みをひとつも気にすることなく、ぷくっと頬を膨らませて言い返した。


「だってライジー、さいきんぜんぜん里にいないじゃん。この前だってひさしぶりにかえってきたと思ったら、またすぐに出ていっちゃってさ」

「俺はおまえらみてーにヒマじゃねえんだよ」

「ソフィアとあそぶから?」

「な……」


 ロイの一言に、ライジーの顔がみるみるうちに赤くなる。


「あ、それにソフィアのごはんもとってこないといけないもんねー。なりたてのつがいならオスのやくめ、なんでしょ? この前、おとうさんにおしえてもらったよ……うわあ!」


 その直後、ロイがライジーの膝から転がり落ちる。ライジーが無理やり立ち上がったのだ。


「なにすんだよライジー!」

「あ、ソフィアが食いもん出してくれたぞ」


 抗議したロイに、ライジーはそう言って話を逸らした。


「え! やった! ……あっ、みんな先にズルいよ!」


 ロイが慌ててお菓子争奪戦に加わりに行くと、ライジーはふぅと息を吐いた。


「ったく、どいつもこいつも……」


 難しい顔をしながら床を見つめ、それから手で顔を覆い、ソファに座りなおすと、再びため息をつく。


 そんなライジーをしばらく観察してから、私は数種類のお菓子を載せたお皿を手に、おずおずとライジーに近寄った。


「……はい。ライジーも食べてね?」


 急に話しかけられて驚いたのか、ライジーはギョッとした様子で私を見上げた。


 けれど、私に差し出されたお皿を見て、ホッと息をついた。


「ああ」


 ライジーがお皿を受け取ってくれたので、私もホッとした。いつも通りのライジーだ。


 先ほども今も「番」の話が出たけれど、ライジーはどうも「番」の話をしたくないようだ。


「番」のことを──私のことをどう思っているのかを知りたい気持ちはある。けれど、ライジーの様子を見ていると、あまり触れてほしくない話題らしい。


 それならば、無理やり聞き出すことはしない。


 ライジーの心を無理に暴いて私たちの関係が壊れてしまうなら、知らないままでいい。


「……うまい」


 クッキーを一枚頬張ったライジーが、ぼそりと一言呟いた。私は微笑みながら、言葉を返す。


「よかった」


 そう。ずっと、このままでいい。


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