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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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6-3 お友達になってほしいから

 この居心地の悪い状況を打破してくれたのは、子どもたちだった。


「ぜんぶなくなったー」

「もっと、ないのぉ?」

「おなかすいたよ~~」


 そんな子どもたちの声を受けて、ライジーの膝から降りてバスケットを確認する。確かに、たくさん用意していたお菓子はすっかり無くなっていた。


 ちらっと子どもたちの方を見ると、キラキラとした眼差しで追加を期待しているつぶらな目とぶつかる。


 ……うん。これはもう、選択肢は一つしかない。


 私は後ろを振り返ると、まだ顔に赤味が残るライジーに尋ねた。


「ねえ、今からみんなで私の家に来ない? この子たち、まだお腹が空いているみたいだし、ライジーだってまだ全然食べてないから……」


 自然と話しかけることができて、良かった。ライジーは一瞬目を泳がせたけれど、いつものように私の目を見て肯いた。


「ああ、おまえがいいなら」


 もちろん、私の方は大歓迎だ。私の家に来てくれる人なんて本当に限られているから、こんなに小さくて可愛らしいお客様が遊びに来てくれたらとても嬉しい。


 私はくるりと子どもたちの方を振り向くと、ドキドキしながら口を開いた。


「良かったら、私の家に遊びに来てくれませんか? 家にはお菓子がまだたくさんあるんです」


「えっ! いいの!?」

「行く! 行く!」

「やった! ニンゲンのせかい、ぼうけんできるぞー!」


 子どもたちが文字通り、飛び上がって喜んでくれたので、私もホッとした。


 それからは早かった。広げていた敷物や飲み食いしたものを皆で片付けると、私の家に向かうため、ぞろぞろと歩き始めた。


 その間、子どもたちが私を取り囲み、興味深々に話しかけてくれる。中には子猫の肉球のように柔らかで小さな手で私の手を握ってくれる子もいて、頬が緩むほど可愛い。人間である私を少しも警戒することなく接してくれるのは、とても嬉しいものだ。


 丘を下りながら、遠目に見える我が家の説明を終えたところで、私はある事に気付く。


「……あ。そういえば、皆さんのお名前をうかがっていませんでしたね」


 そう呟いた次の瞬間、子どもたちがわらわらと私の目の前に集まっていた。


「おれ! リャゴス!」

「ソーニャだよ!」

「おれロガ! こいつはロイ! ふたごなんだぜ!」

「ア、アイザック……」

「マカラ! よろしくね、おねえちゃん!」


 息もつかせないほどに次々と自己紹介してくれたので、私は嬉しいような、困ったような顔になっていたと思う。


「まあ、どうしましょう。一度で覚えられるかしら」

「おい、おまえら。困らせるんじゃねーよ」


 目を回しそうになっていた私を見かねたのか、ライジーが助け舟を出してくれた。それから、私に向かって真剣に口を開いた。


「っていうか、こいつらの名前なんか覚えなくていいからな? 今日は無理やりついてきただけだし、もう会うこともないだろ。そんな奴の名前なんか覚えてられないだろ」

「えーーーーっ!」

「ひどいぞ、ライジー! もうおれたちを連れてこないつもりか!」

「おねえちゃんにもう会えないの!?」



 ライジーの厳しい言葉に、子どもたちから非難轟々の声が上がる。


 ライジーの言うことは、確かにその通りかもしれない。けれど、私は小さく横に首を振った。


「ううん。何度か聞き直すかもしれないけど、今日中に必ず、この子たちの名前を覚えるよ。例えもう二度と会えなかったとしても、こうして出会えたんだもの。お友達になってほしいから、名前を知っておきたいの」


 微笑んでそう言うと、ライジーは私の思いを汲んでくれたようだ。ひとつため息をつくと、微笑み返してくれた。


 ホッとして、子どもたちの方を振り向いた。今度は私が自己紹介する番だ。


「皆さん、私も自己紹介がまだでしたね。私の名はソフィア──」


 その瞬間、横からライジーの手がにゅっと伸びてきて、私の口を塞いだ。


「ふぁ、ふぁいひー?」


 突然のことにびっくりして抑えられた手の奥から問うと、ライジーが私の代わりに口を開いた。


「ソフィア! ソフィアだよ」


 それを聞いた子どもたちは、パッと顔を輝かせる。


「そふぃあ、かあ」

「へえー、へんてこな名まえだなあ」

「ソフィアねえちゃん、ってよんでいい?」


 きゃっきゃっと好い反応を返してくれる子どもたちを横目に、私はライジーの手を下ろしつつ、訳を問うかのようにライジーの目をじっと見つめた。


 その視線に気付いたのか、ライジーが拗ねたような顔でもごもごと答える。


「べ、別にいいだろ。アレは、俺だけのもんだ。他の誰にも呼ばせない」


 それを聞いて、腑に落ちた。普段なら事あるごとに「リリー」と私の名を呼んでくれるライジーが、今日はまだ一言もそれを発していない訳が。


 つまり、「リリー」という名を独り占めしたかったから。


 私が何かライジーを怒らせるようなことをしてしまったのかと気にしていたのだけれど、そうではなかったようで一安心だ。と同時に、何だかムズムズする。


 とにかく、ライジーの思いを有難く受け取って、私は子どもたちの前ではソフィアを名乗ることにした。


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