1-4 “かなしき英雄と 魔獣退治”
私の行動一つひとつを、獣人の男の子がじっと見つめてくる。今まで読み聞かせの相手はテオだけだったから、緊張する。
ひとつ深呼吸をすると、私は口を開いた。
──“かなしき英雄と 魔獣退治”
──ある時代のある国に、ひとりの英雄がいました。
彼の脚は国いちばんの駿馬よりも速く、からだは岩よりも頑丈、彼のふるう剣は大地をも切り裂くほどでした。
そこまで読むと、獣人の彼がハッと笑った。
「その『えいゆう』ってニンゲンだろ? やわなニンゲンが、馬よりも脚が速かったり岩よりも頑丈なわけあるか! しかも大地を切り裂く──?」
「あくまでも作り話ですから!」
慌ててフォローしてから、再び物語に戻る。
──お城の王さまが、英雄に言いました。
“おお、英雄よ! 我が国を苦しませる火山の魔獣を倒してまいれ! さすれば、姫との結婚を許そう”
そこで、向かいをちらっと見た。彼は何か言いたげな顔をしていたけれど、黙って聞いてくれている。
ホッとしながら、私は続きをどんどん読み進めていく。
本の主人公である英雄の青年は、王様に命じられた通りに、魔獣退治の旅に出る。途中、次々と魔獣が襲い掛かってくるけれど、英雄はそれらを倒していくのだ。
ひとつ言っておくと、ここの挿絵は見ものだ。こざっぱりとしていた英雄が一体、また一体と魔獣を倒すたびに、彼の容姿がおどろおどろしくなっていくのだ。剣と体は魔獣の血で血塗られていき、顔つきが険しく、目も赤く鋭くなっていく。子ども向けの絵本とは思えないほどの不気味さだ。
──ついに、命からがら、英雄は火山にたどり着きました。どこからか魔獣の啼く声が聞こえたかと思うと、山ぜんたいがギシギシときしみました。
その啼き声をたよりに、火の噴く山道を登っていきます。
やがて、山頂の火口に着きました。火口のそばには、赤くて小高い丘がひとつありました。
でも、それは丘ではありませんでした。ドラゴンでした。山のように大きな、赤いドラゴンです。
私はそこで言葉を切ると、深呼吸をした。この本を読む時はいつも、このクライマックスでドキドキする。
この後、英雄と赤竜が死闘を繰り広げる。そのかぎ爪は切れ味が良く、紅蓮の炎を吐く赤竜は強敵だったけれど、辛くも、英雄は赤竜を討ち果たすのだった。
使命を果たし英雄が安堵したのもつかの間、今度は火山が噴火する。俊足で何とか溶岩から逃れ、息も絶え絶えに皆の待つ城へと凱旋したのだった。
──お城で英雄を待ち受けていたのは、人びとの歓声や音楽隊の演奏ではなく、叫びながら逃げ惑う人々でした。魔獣とのたたかいで変わり果てた英雄の風ぼうが、人間のそれではなく、まるで魔獣のようだったからです。
街の人びとも、王さまも、英雄を追い払いました。英雄の耳に最後に残ったのは、「近づかないで、化け物め!」という愛する姫の叫び声でした。
──国を追い出された英雄は、人知れず荒野へと消えていきました。