6-2 番
私とライジーが話している間、子どもたちはというと、私の周りを好奇心旺盛に探索していた。そして、敷物の上のバスケットを見つけると、皆で取り囲んだ。
「これだ!」
「おいしそうなにおい、ここからする!」
「なあライジー、開けていい!?」
キラキラとした眼差しでバスケットとライジーを交互に見つめる子どもたち。出会った当初のライジーそっくりの反応で、思わず微笑んでしまう。
「ダメに決まってんだろ! これは全部、俺のもんだ!」
ライジーが目を吊り上げてヒョイとバスケットを取り上げると、子どもたちから不平不満の声が上がった。
「ええーーっ」
「そんなのずるい!」
「ライジーのけちんぼ!」
「何とでも言え! っていうかおまえら、連れてきてやっただけで感謝しろ‼」
ライジーと子どもたちの口喧嘩を見ていたらつい笑いがこぼれてしまったようで、ライジーたちがきょとんとした顔でこちらを向く。
「ふふ、笑ってしまってごめんなさい。……ねえ、ライジー? 家にはまだたくさん作り置きがあるから、この子たちにも食べさせてあげてもいいかしら? もちろんライジーが良ければ、だけど……」
「……おまえがいいならいいけど」
不本意そうな顔をしながらも、ライジーは私の提案を受け入れてくれた。いつも私の作った料理をたくさん食べてくれるけれど、私の料理は小さな子たち相手にまで食い意地を張るほどのものではない。
とりあえず、このバスケットに収まりきらなかった分は家に大量にあるので、張り切って作り過ぎてしまったのも悪くなかったようだ。
「じゃあ、決まり! みんなでピクニックしましょう!」
私がそう言うのと同時にバスケットの蓋を開けると、子どもたちからわあっと歓声が上がった。
「やった~~!」
「これ食べたい!」
「おれおれっ、この丸いの!」
子どもたちが一斉にバスケットの前に群がったので、敷物に並べるまでもなく、どんどんお菓子が売れていく。
「うわっ何だこれ! さくってゆった!」
「うまーー」
「ねえねえ、もっと食べたい!」
子どもたちの初めての物を食べる反応は、見ていて楽しい。それに美味しそうに食べてくれるので嬉しい。その様子はまるで──。
「何だか……ライジーと出会った頃のことを思い出しちゃうな」
くすりと一人笑っていると、ふとライジーの視線に気が付いた。面白くなさそうな顔で、じとっとこちらを見ている。
「あ……ごめんね。ライジーも食べたかったよね」
バスケットの中からマフィンを一つ取り出し、ライジーに渡そうと差し出した。
けれど、ライジーが取ったのはマフィンではなく、私の手首だった。
「きゃ!?」
手首を引かれてバランスを崩した私は、思わず目を瞑った。……けれど、倒れ込んだ後は、痛さや固さはなく、ただ温もりだけがあった。
「今はこれだけで我慢しといてやる」
目を開けると、ライジーがマフィンを持つ私の手を取り、そのまま自分の口に持っていくところだった。
もぐもぐとマフィンを頬張るライジーは平然としているけれど、この状況は絶対におかしい。そう、絶対に。
「なななななんで、ライジーの膝に乗ってるのっ?!」
ライジーはバランスを崩した私を、自然に、さもそれが当然であるがごとく、自分の膝に乗せたけれど。
「なんで、って……地面の上に座ったら、おまえの体が冷えるだろ」
きょとんとした顔で、ライジーが答える。それを見ていると、動転している私の方がおかしいような気分になってくる。が、ぶんぶんと頭を振って、自らの常識を復活させる。
「ライジーに言われた通り、厚着してきたから大丈夫だよ?」
ほら、見てください。何枚も重ね着した上に羽織ったもこもこのコート。さらにマフラーに手袋と、防寒対策はばっちりですよ? それもこれも、ピクニックの約束をした時、ライジーが「暖かくして来いよ」とかなり念を押してきたからですよ?
薄着で来たらライジーに心配をかけさせてしまうと思って、万全の装備で来たのに。着ぶくれのせいで若干雪だるまのように見えるこの姿なら、ライジーも安心してくれると思っていたのに。それなのに、この仕打ちは一体??
「いや、それでも心配だかんな?」
けろりとライジーが言ってのけるけれど、やはり納得はできない。
ライジーに気にかけてもらえて、愛しいライジーに触れることができて「嬉しい」というのが本音ではあるけれど。
けど、テオだけじゃなくて、子どもたちも呆れた様子で見てますよ? ほら、食べる手を止めて、ポカンとこちらを見ていますって。
「とにかくっ……降ろしてっ。ねっ?」
頑なにライジーのお膝から降りようとする私を見て、ライジーの耳がしゅんと垂れ下がる。
「そっか……俺に触られたくないんだな……」
「ちっ、違うよ! ただ人前じゃ恥ずかしくて……こういうのは二人きりの時に──」
そこまで言って、ハッと我に返る。これでは、二人きりの時はいいと言っているようなものだ。
落ちこぼれ令嬢だからといっても、いくら何でもこれはない。ライジーとは恋人でも何でもないのに、こんな発言をしていてはふしだらと思われても仕方ない。
私の顔が固まっている傍で、ライジーは顔をパッと明るくして言った。
「別に嫌な訳じゃなかったんだな! でもこいつらのことは気にする必要はねーよ」
「いやっ、あの、これは……!」
ここで違うと言えば、またもやライジーに悲しい顔をさせてしまう。それはどうしても避けたくて、否定しきれずにまごまごしていると、子どもの一人が口を開いた。
「やっぱり、おねえちゃんがライジーのつがいなの?」
「……つがい?」
次は私がきょとんとする番だった。
「つがい」と言えば、鳥や獣などの夫婦を指す番が頭に浮かぶけれど。
「ばっ、馬鹿言ってないで食ってろ‼」
「あ~、やっぱりそうなんだあ」
「オトナたちがこそこそ言ってたもんねー」
突然、ライジーが顔を真っ赤にして怒鳴ったけれど、子どもたちはきゃっきゃっニヤニヤと実に楽しそうだ。
「あの、ライジー? えっと、番って……」
「…………」
ライジーは私の問いかけに答えることなく、首まで真っ赤にした顔をぷいと背けてしまった。
──私が番だと里の仲間たちに噂されていて、それを指摘されても、ライジーは否定はしなかった。
もし、この「番」が私の知っている番なら?
どうしよう。こんな状況では、期待してしまう。
今まで、ライジーが私のことをどう思っているかなんて、あまり深く考えてこなかった。
いつも優しくしてくれるから嫌われてはいないとは思っていたけれど、もしかするとライジーは私に、こ、好意を寄せてくれている……? 友人としてではなく、恋人として。
驚きと共に嬉しさで思わず声が漏れ出そうになったけれど、そこは何とか自制した。単なる私の勘違いかもしれないから、これ以上は考えるのを止めなければ。
けれど、すでに私の体はかっかとしていた。
傍から見たら、膝を貸している方も乗っている方も真っ赤な顔をしてまごまごしているから、さぞ奇妙に映ったに違いない。




