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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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5-5 お願い攻撃

「さて、これで全て終わったな」


 お兄様が体を伸ばしながら、そう言った。いつも難なくメンテナンスをこなしてくれるけれど、それはお兄様が規格外の魔導士だからであって、決して簡単なことではないことくらいは私にもわかる。


「お兄様、今日もメンテナンスしてくださってありがとうございました。朝に焼いたお菓子があるので、居間に戻ってどうぞ召し上がってください」

「ソフィーの手づくり……!」


 料理を作っておもてなしをするくらいしか私にできることはないけれど、お兄様はいつもとても喜んでくれるので私も嬉しい。


「今日は何を作ってくれたんだい?」

「ふふ、クッキーですよ」

「私の大好物だ」

「……それ、前回来てくださった時に作ったタルトもそう言ってましたよね? その前のロールケーキも」


 お兄様はこんなにもお菓子が好きな人だっただろうか? 辺境伯家で一緒に暮らしていた頃のことを思い出しても、兄が甘党だった記憶はない。


「ソフィーの作ってくれたものが大好物なんだよ」

「そうですか……」


 お兄様が恥ずかしげもなくさらっとそう言ったので、私は呆れと照れの混じった笑みで返す。


 そんなやりとりをしながら居間に戻ると、私たちに気付いたお母様が声を掛けてくれた。


「魔具のメンテナンスは終わった?」

「はい。お待たせしてすみません」


 お母様はソファーでくつろぎながら、何か本を読んでいた。アスデリカはいつものようにお母様のそばに控えている。辺境伯家を離れた我が家でくらい、くつろいでくれたらいいのに、本当に侍女の鏡だ。馬の様子を見に外に出ていたリックも、居間に戻っていた。


 キッチンに置いていたクッキーをテーブルに座ったお兄様の前に出してから、お母様の本を覗き込みに行く。


「何を読んでいたんですか……あ、これ」


 柔らかいタッチで描かれた可愛らしい女の子。一目で何の本か分かった。


「ふふ。懐かしいものをそこの本棚で見つけちゃったからね、読んでいたの。この絵本、ここに持ってきていたのね」

「……大好きな絵本でしたから」


 幼い頃に出会い、成長してからもたまに読み返したくなるほどにこの絵本が好きだった。一人暮らしをすることになった時も、一緒に持っていかないなんて考えられないほどに気に入っている本だ。


 私が小さな頃から度々読んでいる本だから、お母様もこの絵本のことを知っているのだ。


 それからお母様がパタンと絵本を閉じると、傍にある本棚を見上げた。


「それにしても大分、本が増えたわねえ。前に来た時はこんなに無かったわよね?」

「はい……本棚に入りきらなくなってきたので、そろそろ整理しないととは思っているんですけど」


 こんな言い方をしたけれど、実はここにある本棚だけではなく、物置として使っている部屋にも山積みになった本が何段もある。そう、敢えては言わないけれど。


 辺境地暮らしの私が本を入手するのは大変なので、読みたい本はハイウェルにお願いして、代わりに本屋で仕入れてもらっていた。それを定期便の度に持って来てもらっていたので、この数年の辺境地暮らしで我が家の蔵書数はかなりのものになっている。


 このまま放っておけば家が本で埋もれてしまうので、そろそろ重い腰を上げなければいけない。ライジーが読み終えたものから、我が家に残す本とそうでない本に仕分けよう。そして、しばらく読まなさそうな本は定期便の時に少しずつ持って帰ってもらって、実家で保管してもらおうかしら。


 そんなことを考えていると、お母様がふと、こんなことを言った。


「ねえ、ソフィー。テオに読み聞かせ、まだしているんでしょ?」

「え? はい」


 唐突に何を、と思いきや、お母様が思いもしないことを言い出した。


「なら、今日は私たちにこの絵本の読み聞かせしてくれない?」

「……えっ?」


 お母様は先ほど見ていた絵本を手に、ニコニコと私の返事を待っている。……お母様には申し訳ないけれど。


「嫌ですよ。恥ずかしいじゃないですか」

「あら、テオはいいのに私たちにはダメなの?」

「だって……テオは犬ですし、私の弟みたいなものですから」

「弟というより兄だがね。……いや、祖父か?」


 お兄様がそう突っ込んできたので、私はムッとした。それは私がテオより頼りないからでしょうかお兄様?


「ねえ~~いいじゃないのよぉ~~。お願いよソフィー?」


 出た。お母様のお願い攻撃。目をウルウルさせて、こちらを見ないでください。そんなことしても無駄ですから。


「私も聞きたいなあ。いいだろ、ソフィー」

「駄目ですよ」


 なぜかお兄様も参戦してきたけれど、私のつれない態度は変わらない。けれど、そこでお兄様はアスデリカとリックの方を向いて尋ねた。


「君たちも聞きたいだろう?」


 彼らは立場上うんとは言わなかったけれど、何か物欲しげな顔でじっと私の方を見ている。


「う……」


 お母様とお兄様はまだしも、アスデリカとリックにそんな顔をされては断りにくいではないですか。


「……一度だけですからね」


 観念してため息をつくと、お母様が子どものように、わっと喜んだ。


「うれしい! じゃ、貴女はここに座って。ほら、あなたたちも座って」


 お母様は私をソファーの真ん中に座らせると、その隣に自分も座った。反対側の隣にはお兄様が座り、アスデリカとリックはテーブルに着いた。テオもいつものように私の足元に来ると、伏せの姿勢になった。


「……何だか緊張します」


 思えば、誰かに本の読み聞かせをするのはテオとライジー以外にしたことがない。テオに対しては小さな頃からの習慣だったから恥ずかしいとかそういう概念がなかったし、ライジーに関しては、はじめは恥ずかしさがあったものの、そのうち平気になった。全てを受け入れてくれるような無垢な心を彼に感じたから。


 だから、私を幼少期から知る大人たちに、しかもこんなに大勢の前で読み聞かせなんて。声が震えて、きちんと喋れないかもしれない。


 私がそんなことを思っていると、お母様があっけらかんと口を開いた。


「緊張? 昔はよく私やお父様に読んでくれていたじゃないの」

「え? そうでしたっけ!?」

「そうよぉ。『ご本を読んであげますね』って、毎日のように読んでくれた時期があったのよ。あー、あの頃は本当に可愛かったわあ……もちろん今も十分可愛いけれど」

「あの、それ、本当の話ですか……? 全く覚えがないんですが……」

「テオがうちに来る前だったから、かなり小さい頃のことだもの。覚えていなくても無理がないわ。あの時は、ある日突然テオに聞き役を奪われたものだから、お父様と悔しがったのよね~。あぁ、懐かしい」


 お母様はしみじみと昔を懐かしんでいるけれど、私には全く身に覚えのないことだった。けれど、幼い頃から本が大好きだったのは何となく感覚として残っているので、お母様の話は十分に有り得る話だ。


「大丈夫よ、いつもテオにしているように読むだけなんだから」


 お母様はそう言って励ましてくれたけれど、もはや緊張など新事実によってどこかへ吹き飛んでしまっていた。


「……そんな真剣に聞かなくていいですから。遊び半分に聞くのでいいですからね」


 そう念押ししてから、私は絵本の表紙を開いた。


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