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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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5-3 兄のための結婚準備

「私たちに任せっきりにするのね。いいわ、それなら私たちの好きなように決めちゃいましょう」


 それからは結婚準備について、大まかなことをお母様と話し合った。


 貴族の結婚では、結婚式と披露宴の準備はもちろんのこと、結婚後の生活の準備も同時に進めなければならない。新郎と新婦で大体の役割分担というものがあって、新郎は結婚生活の場を、新婦はリネン類や食器などの小物類を準備すると決まっている。


 つまり新郎側の我が辺境伯家は、新夫婦が住めるよう屋敷を整えたり、馬車や使用人なんかも必要に応じて用意する必要があるのだ。


 ただし、お兄様たちが辺境伯家で実際に住むのはひと月ほどらしい。お兄様は王宮魔導士をしているので、その後はお義姉様と一緒に王都に戻り、王都の屋敷を拠点とするらしい。


「お兄様たちが実家で暮らす期間は短くても、しっかり準備をしてお迎えしたいです。王都から戻られる時も度々あるでしょうし」

「そうね。二人目の娘ができるんだもの。つつがなく準備したいわ」


 私もお母様も、気力はばっちりだ。


 その後、部屋の調度品や家具についてどのような趣にするか話し合い、私が辺境伯家に戻ってから一緒に高級家具店へ行ってみようという話に落ち着いた。


「ふう……たくさんお喋りして少し疲れたわね……」

「はい……」


 二人でぐったりとぬるくなった紅茶を飲んでいると、リックが突然立ち上がった。ずっと黙ったままだったから、彼の存在をすっかり忘れていた。


「……少し、馬の様子を見てきます」


 心なしかふらついた足取りで、リックが玄関を出て行く。その後ろ姿を見ながら、私とお母様は何だか申し訳ない気持ちになった。


「……気の毒なことをしたわね」

「……はい」


 私とお母様が熱弁を振るう様子を見ていたから、圧倒されてしまったのだろう。彼は普段物静かだから余計に。


 一方、同じくそばに控えていたアスデリカは顔色ひとつ変えていない。それは普段からお母様のそばに身を置いている侍女として慣れているからだろう。


 その時、お母様が「あら、いけない」とティーカップを机に戻した。


「一番大事なことをまだ決めていなかったわ!」

「何ですか? まだ何か抜けていたことがありました?」


 屋敷の準備でまだ忘れていたことがあるのだろうかと考えを巡らしていると、まだこんな元気が残っていたのかと思うくらいの満面の笑みでお母様が言った。


「貴女のドレスよ! 結婚式で着る用の!」


 ああ、確かに忘れていた。というのも、ただの参列者である私のドレスなんてさして重要ではないからだ。それに安いドレスでも一着新調すれば、この辺境地で何年も暮らすことのできる費用がかかるくらいに、お金のかかるものだからだ。


 参列者なのだから手持ちのドレスで済ませてもいい気がするのだけれど、お兄様やお義姉様に恥をかかせてはいけない気持ちはある。だから、ここは素直にお母様の意思に従うことにした。


「男性陣が外に出ている間に終わらせてしまいましょう。──アスデリカ?」

「承知致しております、奥様」


 お母様の呼びかけに答えた時にはすでに、アスデリカが巻き尺を手に、私の背後に立っていた。


「えっ? 何をですか?」


 お母様に手を引っ張られ、アスデリカには背中を押され、私はたちまちのうちに寝室へと連れていかれた。


「何って、採寸に決まっていますよ。ほら脱いで脱いで」

「え、あ、ちょ──」


 お母様の素早い手捌きによって、あっという間に服を脱がされ、下着姿になる。


 私の体を見て──母とはいえ、こんな姿、まじまじと見ないでほしい──、お母様が首を捻る。


「あら、以前測った時とほとんど変わっていないように見えるわね? 食欲が増したようだとエレンから聞いたものだから、てっきり肉付きが良くなっているのかと思っていたのだけれど」


 アスデリカが私の体の各部位を巻き尺で計測する間、お母様が一人考え込んでいる。


 その辺りの詮索をされると、胃が痛くなってくる。エレンの時も肝を冷やしたけれど、お母様も大量の食料を私一人で消費していることに疑問を抱いているらしい。


「あ、分かっちゃった!」


 その時、拳で手の平を叩くポンという小気味いい音に、私の体がびくりと跳ねる。どうか、どうか、お母様が気付いていませんように。


「本当は仲良くなった狐ちゃんにあげているのでしょう? 狐ってお肉だけじゃなくて実はお野菜も食べるのよね。狐が畑を食い荒らして困ってるって農家のご主人から聞いたことがあるもの」


 お母様が得意げに言った。辺境伯夫人は領民から話を聞く機会もあるので、『狐が野菜を食べる』なんてことを知っているのだろう。


 とりあえず難を逃れたみたいで、こわばっていた体を緩める。ついでにお母様が作ってくれた話に乗っかることにした。


「そ……そうなんです! 本当のことを言わなくてごめんなさい。野生動物に食べ物をあげているなんて言い辛くて……」

「いいのよソフィー。同じ状況だったらきっと私もそうするもの。でもね、もしその狐ちゃんが怖がらないのだったら、私もぜひ会ってみたいわ」


 ニコニコとそう言うお母様を見ると心が痛んだ。ごめんなさい、お母様。恐らく会わせてあげられないと思います。なぜなら、その狐ちゃんの正体を知ったらさぞ驚かれるでしょうから……。


 その後、罪悪感で沈む心を隠しながら、お母様とアスデリカと共にドレスのカタログを見た。


 カタログはいつもお願いしているドレス工房のものだ。お母様も私も昔からこのお店のファンで、お金がかかることとはいえ、このお店で新しいドレスを作ってもらえると思うと、ワクワクする。


 そういうわけで、カタログを三人で見つめながらあれこれ喋っていると、段々と楽しくなってきた。


 散々悩んで一つのドレスに決めると、お母様がカタログを閉じながら言った。


「では、結婚式に来ていくドレスはこれで決まりね。工房には明日、私から伝えておくわ」

「よろしくお願いします」


 そのドレス工房は領都中心部にある。人気の工房だからすぐにでもオーダーしておかないと式に間に合わない可能性があるので、お母様はそう言ったのだ。


 辺境地に暮らす私がわざわざ領都に行くのも大変であるし、人の多い場所に出ることが最低限で済むよう、配慮してくれているお母様には本当に感謝しかない。

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