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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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30/112

5-1 兄と母の訪問


 ライジーに訪問を控えてもらってから、早くも三週間が経っていた。


 何故ライジーに来てもらえないのかというと、近々我が家を訪ねてくるお兄様と鉢合わせになるのを防ぐためだ。


 冬の訪れをゆっくり感じる日々に彼と会えない日々はさぞ寂しいのだろうと覚悟していたのだけれど、想像していた程ではなかった。


 というのも、会えない代わりに、ライジーと手紙のやり取りをしていたからだ。


 互いの手紙を運ぶ役目はテオが負ってくれた。以前、ライジーが森の中の小屋を見せてくれたけれど、そこに私の手紙を置き、そしてライジーが残した手紙があれば持って帰ってもらう、ということをこの数週間、数日おきにテオにしてもらっていた。


 だからか、今の気持ちは寂しいというより、楽しいと言った方がしっくりくるかもしれない。今までのような対面して話すのではない、ライジーとの初めて文通で、新鮮な経験だった。


 それに、ライジーに会えない期間があるのは逆に良かったと今になって思う。ライジーへの恋心に気持ちの整理がつかないままで顔を合わせるのは大変だっただろうから。


 そのおかげで、今は自分の気持ちを認め、向き合えている。


 私はライジーが好きだ。


 ライジーが口を大きく開けて欠伸をする姿も、私の料理で満腹になって動けなくなった姿も、私の名を呼ぶときの笑顔も、全部が全部、愛しい。誰にも彼を渡したくないとさえ思う。


 けれど、この気持ちは心の内に秘めておこうと思う。


 何故なら、人間である私が想いを打ち明けたら、ライジーを戸惑わせるだけだから。


 以前、ライジーは種族の垣根を越えて私と会いたいと言ってくれた。私はその言葉を信じているし、私もそう思っている。


 けれど、それはあくまで友人までの関係としてであり、恋人という特別な関係としてでは話は違ってくるだろう。人間から想いをぶつけられても、ライジーは困るだけ。


 だから、私は一生、ライジーに想いを明かすことはないだろう。



 いつの日かライジーが私に興味を失い、会いに来てくれなくなるまでは、彼と過ごす時間のひとつひとつを大切に、楽しく過ごしたい。


 だからこそ、今も会えないことが悲しいのではなくて、次に会う日がとても楽しみになっている。





 ◇◇◇





 その日、兄──サーレット・マクネアスは、颯爽と馬車に乗って現れた。今日はまさに、手紙で事前に知らされていた兄の訪問予定日だった。


「やあ、ソフィー。元気だったかい?」


 馬車から降りるなり私をギュッと抱き締めたその人は、まさしくお兄様だった。青みがかったシルバーグレーの髪は今日もサラサラで、切れ長の凛々しい目元で見られると妹でさえドキリとする、あのお兄様だ。


 髪の色も薄い青緑の瞳の色も一緒なのに、同じ親から生まれた兄妹でこれほど外見のキラキラ度に差が出るのは、やはり持って生まれたものが違うからと言わざるを得ない。


「ええ。お久しぶりです、お兄様」


 顔を上げてニコリと笑うと、お兄様は大層嬉しそうに破顔した。


 ……はい、その顔は外でしてはいけないやつですよ。いつもは氷のように冷静沈着な優秀魔導士で有名なお兄様がそんな顔をしては、世の女性たちを一突きでノックアウトさせてしまいますからね。


「抜け駆けは良くなくてよ、サーレット」


 そう声がして振り向くと、先日も我が家に定期便で来てくれた使用人のリックの手を借りて、ちょうど馬車から一人の貴婦人が降りてくるところだった。


 その貴婦人の髪色や瞳の色も私たち兄妹と同じだ。何しろ、彼女は私たちの実母だから。


「……お母様!」


 思いもよらぬ来客に嬉しくなって、私はわっと母の胸に飛び込んでしまった。


「あらあら。小さい子みたいよ、ソフィー」


 花がさらさらと揺れるみたいにクスクスと笑いながら、お母様はぎゅうっと、けれども優しく私を抱きしめ、頭を撫でてくれる。ああ、この柔らかい匂いと温もり。本当に久しぶりで、ホッとする。


「そう言う奥様も今朝方まで、若旦那様に付いて行きたいと幼子のように駄々をこねていらっしゃったでしょう」


 お母様の後から降りてきた中年の女性は、お母様の侍女のアスデリカだ。


 彼女は大体不機嫌そうな顔をしているのだけれど、久しぶりに会った今日も実に不機嫌そうだ。それには明確な理由があるのを私は知っている。


 ぶつぶつとぼやいた侍女に対し、お母様がムッとして言い返す。


「だって、サーレットだけずるいじゃない! 私だってずうっっとソフィアに会いたかったのよ?」

「されど、奥様にはご予定というものがございますからね。本日のお茶会も急遽欠席なさって……招待してくださったマチルダ様に失礼だとはお思いにならないのですか」

「どうせいつもの取り巻きがいるんだから私一人くらい居なくたって大丈夫よ。ただ自慢話がしたいだけなんだからあの人」

「まったく……」


 アスデリカが呆れを隠すことなく、大きなため息を吐く。


 そう、彼女の不機嫌の原因はお母様の自由奔放気味な言動にある。アスデリカ、いつも我が母が迷惑をかけてすみません。


「それにねえ、サーレットがソフィーに会いに行くと知らされたのが昨晩なのよ? サーレットが一緒じゃなきゃ辺境地に行ってはいけないってアランとハイウェルに口酸っぱく言われてるんだから仕方ないじゃないの」


 口を少し尖らせて言うお母様は確かに小さな子どもに見える。……良かった、久しぶりに会ったお母様はちっとも変わっていないようだ。

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