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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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23/112

4-5 目下の急務

 


 ◇◇◇



「絶対、また来させてもらいますからね」


 私の手を両手で握りながら、エレンは馬車の前でそう言った。


「う~ん……定期便係をハイウェルさんから私に替えてもらえないか、旦那様に直談判してみましょうかね……」

「うん、楽しみに待ってる」


 思わずくすりと笑ってしまう。エレンの性格からすると、本当にハイウェルから奪い取って来そうだ。


「次にお会いした時、お太りになっていませんよう。もちろん、横に大きくなったお嬢様もきっとお可愛らしいんでしょうけどね」

「そんなこと心配しなくていいから!」


 さらりと言われた言葉にそう返したけれど、一瞬どきっとした。最近はライジーに食べてもらいたくて美味しいものを作ってばかりで、私の食事量も確かに増えているからだ。お兄様の結婚式で着るドレスが太って入らないなんてことになったら、目もあてられない。


 エレンは私から手を離すと、次は傍にいたテオの頭を撫でた。


「テオ。守護者ガーディアンのお役目、引き続きお願いね」


 テオは答える代わりに、尻尾を一度ぱたりと動かした。


 エレンはニコリと笑うと、今度こそ馬車に乗った。それに続き、馬の様子を見ていたリックも御者台に乗る。


 リックが手綱を動かすと、馬車が動き出した。馬車が徐々に離れていく中、馬車の後部からエレンが顔を出し、「そうそう、」と付け加えた。


「サーレット様が、近々遊びに行く、とおっしゃってましたよ~!」

「お兄様が?」


 詳しく聞こうにも、馬車はすでに私の声が届かないほどの所にいる。こちらに向かって手を振っているエレンが微かに見えるだけだ。


「もう、エレンったら……」


 帰る間際に爆弾発言を残していったエレンは策士だ。私に追求の隙を与えなかったのだから。

 でも、先のことを考えていても仕方ない。目下の急務は他にある。


 私も手を振り返しているうちに、エレンたちの馬車は見えなくなった。これでようやく本来の予定に取り掛かることができる。


「──よし」

 大きく息を吐くと、腕まくりをした。待たせているのだから、急いで支度を済ませないといけない。


 家の中に戻ると、キッチンに向かった。きっとお腹を空かせているだろう。外でも簡単に食べられるものを持って行ってあげたい。

 手を洗いながら考える。手軽に食べられて、すぐに作れるものといえば──?


「サンドイッチかな」


 良い案を思い付くと、すぐさま取り掛かる。まずは具材の用意だ。


「届けてくれた食材を早速使わせていただきましょう」


 有難いことに、たった今手に入った新鮮なレタスとトマト、チーズ、それにローストビーフがある。タイミングのいいことに、潰したゆで卵に調味料を加えたエッグペーストも今朝作ったばかりのが残っている。これらさえあればもうサンドイッチの美味しさは保証されたようなものだ。


「あ! そういえばベーコンもあったわね」


 冷蔵庫の中に眠っていたベーコンの存在を思い出すと、温めたフライパンに載せた。カリカリに焼くと、これがまた最高なのだ。


 レタスとトマトを洗い、それぞれ適当な大きさに切る。次にパンを薄くスライスしていく。そうしている間に、ベーコンが焼きあがる。これで材料は揃った。


 パンに薄くバターを塗り、次々と材料を乗せていく。

 レタスとトマト、チーズ。チーズの代わりにベーコンにしたりもする。

 あとはエッグペーストのみのシンプルなもの。


 それに、忘れてはならないローストビーフ。レタスと挟んだところで、粒マスタードの瓶に手を伸ばしてから──やっぱり止めた。


「ふふ、マスタードは入れない方がいいわね」


 以前、何を食べていた時だったか、その料理に入っていたマスタードを口にしたライジーがとんでもない顔をしていたのを思い出したのだ。


「ふう、これでいいわね」


 何種類ものサンドイッチがバスケットの中にぎっしりと並んでいる。ああ、なんと素晴らしい眺め。

 サンドイッチがバスケットに収められているだけで、どうしてこうもワクワクするのか。


「……はっ。いけないいけない」


 もう少しだけうっとりと眺めていたいところだけれど、ゆっくりしている場合でもない。


 日差しはまだ強い時もあるので、つばの広い帽子を被っていくことにする。身だしなみの準備はそれくらいで、バスケットを持つと、玄関を出た。


「それではテオ。ライジーのところまで、道案内をお願いできる?」


 私の後ろをとすとすとついてきたテオに、そう頼む。

 テオはふっと鼻先を森の方向に向けると、そちらに向かって歩き出した。


「ライジーがどこにいるのか、本当に分かるのね」


 私はびっくりしながらも、テオの後を付いて行く。


 実は、エレンたちが来る直前まで、家にはライジーが居た。いつものように遊びに来てくれていたのだ。


 そんな時、遠くから馬車の音が近づいてくることにライジーが気付いた。辺境地にある我が家に人が訪れるのは実家からの定期便くらいで、その定期便が来るのもまだ数日先だったので、私は狼狽えた。一体、誰だろうと。

 もしかして実家で何か大変なことがあったのかとか、色々頭をよぎった。


 このままでは鉢合わせになってしまうので、とりあえずライジーには馬車が去るまで、森に隠れてもらうことになったのだ。


 ──大丈夫になったら、呼びに来てくれよ。俺のいる場所ならワンコロが知ってるだろうし。


 それだけ言い残すと、ライジーは家を出て行った。


 さて、エレンたちが去り、さぞお腹を空かせているだろうとサンドイッチを用意し、いざライジーの行方をテオに問えば、本当に案内してくれるという。


 ライジーは、なぜテオなら自分の居場所が分かると考えたのだろう。やっぱり犬は人間よりも嗅覚が優れているからだろうか。


 テオは老犬で最近では昼間も寝てばかりだけれど、感覚が衰えたとは感じない。ライジーが近くの森に来た時は必ず知らせてくれるし、ライジーと初めて会った時だって倒れていた彼を発見したのもテオだ。


 テオは、異変がある時はいち早く私に教えてくれる頼もしい存在だ。テオがそばにいてくれるから、私はこの辺境地でも安心して暮らせるのだ。


「いつもありがとうね。おじいさんでも頼りにしてるのよ」


 伝えきれていない日頃の感謝の気持ちを呟くと、照れ隠しなのか、テオはフンっと鼻を鳴らした。いつものテオらしい塩対応に、思わずくすりと笑ってしまう。


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