4-2 うれしい知らせ
そんなことを考えながら魚を丁重に冷蔵庫に入れると、皆でお茶を飲むことにした。
遊びに来てくれた時くらい、私がおもてなしをしたかったのだけれど、「若旦那様がお作りになった魔具を一度使ってみたかったんですよねえ」とエレンに押し切られてしまった。
エレンがコンロでお湯を沸かしてくれている間、私はリックと居間で待つことになった。
エレンと同じくらい付き合いの長いリックは家の外の人と比べたら、よっぽど話しやすい。のだけれど、必要なこと以外はあまり喋らない性格なので、対人恐怖症の私にとって今の状況は少し気まずい。
「そ、そういえば、ハイウェルは他の仕事って言ってたけれど、何の仕事なの? 毎回欠かさず来てくれるから珍しいわよね」
気まずい雰囲気を消してくれる最適な話題を見つけて、私は少し安堵する。でも、実は私もその理由を知りたかった。
ハイウェルはマクネアス辺境伯家の敏腕執事だ。この辺境地で一人暮らしをするにあたり、私が辺境伯家令嬢として自覚を持って生活しているかどうか、定期便のたびにチェックしているのだ。いわば、目付け役だ。
そうとははっきり言われてはいないけれど、我が家に来るたびに、彼がさりげなく私や家の中の様子をチェックしているのは気付いている。辺境伯家令嬢らしからぬ生活態度が見られたならば、すぐに父と母に報告されるのだろう。
だから、定期便が来る日は朝から大変だ。そこらに散らばった本という本を片付け、家じゅう掃除をして、出迎える時はいつもの「快適さ重視の服」から「令嬢感を出した服装」をする。もちろん生活必需品を運んでくれるハイウェルには感謝してもしきれないけれど。
私の目付け役をエレンに任せてまでの「仕事」とは何だろう。気になる。例年なら社交シーズンを終えて、領地でゆっくりしている時分なのに。
「王都に行かれた旦那様に同行されているんです」
「えっ、社交シーズンが終わったところなのに? 珍しいわね」
リックの答えが思いもかけないものだったので、少し驚いた。
貴族の社交は春から夏にかけて行われる。その時期になると、貴族たちはそれぞれの領地から王都に出てくるのだ。
マクネアス家も例外ではなく、つい最近まで両親と、ハイウェルをはじめとした何人かの使用人たちは王都に滞在していたはずだ。
シーズンを終えて王都から帰ってきたばかりなのに、また引き返すとは。何かあったのだろうか?
私が一人考えていると、リックが思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。お嬢様、何かお困り事はないですか? 修繕の要る箇所とか、魔具の調子が悪いとか……」
「大丈夫、今の所無いわ。ありがとう」
笑顔でそうお礼を言う内心、ドキリとする。
実は少し前、我が家の屋根の一部が剥がれるという、ちょっとした事件があった。いつもだったら、ハイウェルとリックに修理をお願いしていただろう。けれど、今回はライジーが直してくれたのだ。ライジーは朝飯前だと言わんばかりにひょいっと屋根に上がり、破れたところをササッと修繕してくれたのだった。
獣人の知り合いに直してもらったとは口が裂けても言えず、笑顔で誤魔化していると、ちょうどエレンがトレイを持ってくるところだった。グッドタイミングだ。
「お茶の用意ができましたよ」
「エレンが淹れてくれた紅茶なんてとても久しぶりだわ」
当たり前のことだけれど、一人暮らしを始めてからは、お茶を飲むには自分で淹れるしかない。同じ茶葉なのに、淹れる人が違うだけでこんなに味に違いが出るのは不思議だ。
「んん~~~これこれ。やっぱりエレンが淹れてくれる紅茶が一番だな……」
美味しいお茶でホッと一息ついていると、エレンが鞄から何かを取り出し、差し出してきた。
「……手紙?」
「はい。お嬢様にお渡ししてくれとハイウェルさんから頼まれたんです」
「ハイウェルが?」
それは繊細な模様と色合いで意匠を凝らした封筒だった。ハイウェルからの手紙なんて珍しい。開けるのが少し怖いけれど、読まないわけにはいかない。私はエレンからそれを受け取ると、ペーパーナイフを使って開封した。
恐る恐る中の物を取り出すと、それはよくある便箋ではなく、少し分厚い一枚のカードだった。
そこに書かれてあるものを読んで、恐々だった顔にじわじわと笑顔が広がっていくのが自分でも分かった。
「お兄様の結婚式の日取りが決まったのね!」
「はい。旦那様が王都に向かわれたと先程リックが申したのも、この為なんです」
「あ、貴族院に行かれたのね?」
貴族の婚姻はこの国の貴族院の承認を得なければならない。それで初めて婚約できるのだ。
兄は婚約前に承認を受けているので、今回は式の日程の報告やら書類の作成やらで、お父様が王都でやる事がたくさんあるのだろう。
「本当に良かった……」
式の招待状を見ていたら、うっかり本音が漏れてしまった。実は、貴族令嬢として不出来な私のせいで、兄の結婚に差し障りが出やしないかといささか不安だったのだ。
けれど、それも要らぬ心配だったようだ。日取りまで決まれば、もう大丈夫だろう。




