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1-2 手負いの獣人

 


 ◇◇◇



「ひゃっっっ」


 彼の目が突然開いて、失礼にも、ものすごくびっくりしてしまった。

 彼の方も、私の声に驚いたのか、大きな眼で私を見ている。琥珀色のその眼がとても美しくて、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ。


 呑気にもそんなことを考えていると、彼がゆっくりと起き上がろうとしていた。こちらを警戒するように睨みながら。


 違います。私は無実です。ただ、枕元にお水を置こうとしていただけです。


「──あ、あの、起き上がっても大丈夫?」


 そう声を掛けた瞬間、彼は顔をしかめて、どさりとベッドに身を戻した。包帯だらけの体を震わせて、うぐぐと唸っている。よっぽど傷が痛むのだろう。


 テオに導かれるようにして見つけたのは、獣人の男の子だった。

 顔つきや体つきからすると、歳は私と同じくらいか、少し上に見える。人間と獣人の成長度合いが同じであったらの話だけれど。


 倒れ込んでいた獣人の青年は、それは酷い怪我を負っていた。獣人と関わるのは御法度だけれど、周りを見渡しても仲間がいるとは思えない状況で見捨てることはできなかった。気を失った彼を何とかテオの背に乗せると、私とテオの住む家に運んできたのだ。


「勝手とは思ったのですが、簡単に手当てをさせてもらいましたよ。あちこち傷だらけなうえに、特に胸の焼けたような傷は特にひどくて……。まだ横になっていた方がいいと思いますよ」


 ベッドの傍の椅子に腰を下ろしながら、私は説明する。そもそも人間の言葉が獣人に理解できるかは分からないけれど、説明することが大事だ。


 とはいえ、怪しいものを見るかのような目つきで彼がジロジロと見てくるので、もしかしたら獣人には人間の言語は通用しないのかもしれない。


「でも、私、お医者じゃないので、あとできちんとした方に治療してもらってくださいね。あっ、もちろん手当ては精一杯いっぱいしたんですけど」


 私のベッドに寝かせた後は、恐ろしい傷に慄きたい気持ちを無理やり抑え込んで、無我夢中で傷の手当てをした。昔に読んだ医学書の記憶を頭の奥底から必死に引っ張り出しながら、処置した。治癒師でもないのに医学書を読んだのはただの好奇心からだったのだけれど、本の虫であることをこんなにも感謝したのは初めてかもしれない。


「……なんで、オレを助けた?」


 あまりにも流暢に流れ出た言葉に、私は驚いた。

 呆けていたせいで答えそびれた私に痺れを切らした彼が、イラついた様子で急かした。


「答えろ。なんでニンゲンが、獣人を助けたのかって聞いてんだよ」

「あっ、ああ、ごめんなさいね。でもどうして、って言われましても……」


 答えに困る私をよそに、彼はキョロキョロと部屋の中を窺っている。その疑り深い目は、人間に騙されるのではないかと警戒しているのだ。


 そんなわけない。弱った者にそんな仕打ちをするはずがない。私は彼を安心させたかった。


他人ひとを助けるのに理由が要りますか?」


 彼の瞳をまっすぐ見つめる。どうか、伝わってほしい。私はあなたに危害を加える者ではないと。


 部屋の中がしんとなる。が、やがて彼の一言が静寂を破った。


「──水」


「……はい?」

「喉が渇いたってんだよ!」

「は、はいっ!」


 私は椅子から飛び上がると、慌てて床頭台に置いていた水差しからコップに水を注いだ。

 それからコップを彼の口元に持っていくと、ゆっくりと飲んでくれた。


 ……これは、一応信用してくれた?


 嬉しくなって、思わず頬が緩みそうになったが、お水がこぼれないようにコップを支えることに集中する。


 ごくん、ごくんという水が喉を通っていく音を聞きながら、改めて彼を見た。


 狼のようなピンと尖った耳が頭の上に左右一つずつ。お尻には、フサフサした尻尾が生えている。あとは少し尖った歯と鋭い爪。身に着けているのが布の服ではなく毛皮なのが、獣人特有の特徴としっくり合っている。

 けれどそれら以外は、ほとんど人間に近い見た目だ。耳や尻尾を隠せば、人間だと言われても通用するだろう。


 思わずじっくり観察してしまったけれど、それは彼が言い伝え通りの獣人の見た目をしているからだった。


 人間と敵対関係にある「魔族」とは総称で、魔族の中にも悪魔、ドラゴン、亜人、アンデッド等々、いろいろな種族が存在するらしい。魔獣も魔族の一種族だ。その魔獣が遥か昔、神話の時代、人間と交わったことで誕生した。それが“半獣半人”──つまり獣人であると、この人間の地では伝えられてきた。


 けれど、魔族についてはそのくらいのことしか分からない。なぜなら人間の住む世界と魔族の棲む世界は、ずっと昔から明確に別けられてきたから。


 ──凶暴な魔族から身を守るため、人間界の救世主たる聖女メサイア様の能力ちからによって。

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