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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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19/112

4-1 予定外の訪問

 一年で一番暑い時期が過ぎ、澄み切った天空は青く、高い。


 そんな爽やかな空に似合わず、今の私は緊張状態にあった。何故なら、予定外の訪問があったから。


「お嬢様ぁ――」


 玄関前でウロウロしていたら、どこからともなく聞こえた声にハッとする。

 遠くに目を凝らすと、どこまでも広がる広野の中に、こちらに向かってくる一台の馬車。その御者台には、二つの人影が見える。


 声を聞いてもしかしてと思っていたけれど、馬車が近づいてきて人影がはっきりするにつれ、確信に変わった。


「エレン!」


 狼狽えていたのもすっかり忘れ、気の置けないその人の姿に、つい顔が綻ぶ。


 馬車が我が家の目の前で停まり、御者台から一人の女性が降り立つ。彼女の名前はエレン。実家の辺境伯家に仕えるメイド長で、私が五歳の頃からの付き合いだ。使用人の中で最も私と居る時間が長かったのもあって、ひそかにエレンを姉だと思っている。


 この辺境地で暮らし始めたばかりの頃、一度エレンに来てもらったことがあるけれど、それきりだった。彼女と顔を合わせるのは、本当にしばらくぶりだ。


 そんな彼女が現れたものだから、エレンに駆け寄ると、年甲斐もなく浮ついた調子で質問攻めにしてしまう。


「どうして? あなたが来るなんて珍しいわね? ハイウェルは?」

「定期便のお役目、奪い取ってきました。私だってたまにはソフィアお嬢様にお会いしたいんですからね。いつもハイウェルさんばかりじゃズルいですもん! ……というのは冗談ですけどね。ハイウェルさんは他のお仕事があったので、私が買って出たんです」


 おどけた様子も見せつつ、エレンは私を頭からつま先までまじまじと見てから、目を細めた。


「……本当にお元気になられて」


 エレンは、人が怖くなって引きこもっていた時期の私をよく知っている。その間、ずっと傍で見守ってくれていたからだ。


 だからこそ、私が元気になったことをまるで我が事のように喜んでくれるのが嬉しかった。あの頃は本当に心配をかけてしまったけれど、これで少しは安心してもらえただろうか。


「ええ……ありがとう、エレン」


 言いながら、思わず目がじわりと滲んでしまったけれど、何とか耐える。

 しんみりさせたくないし、何より長距離の移動で疲れている彼らを労いたかった。


「今日は来てくれてありがとう。リックもね」


 ちょうど馬をつないで戻ってきた男性にも声を掛けると、彼──リックは帽子を軽く上げて挨拶をしてくれた。


 リックも辺境伯家の使用人の一人で、二十代とまだ若い。二週間に一度、御者としてハイウェルと共に来るので、エレンとは違い、よく顔を合わせるほうだ。


 エレンとリックを家の中に招き入れると、座るよう勧めたが、丁寧に断られてしまった。


「有難いお言葉ですが、先に食料を冷蔵庫に入れてしまいましょう。傷んでしまっては大変ですから」


 それもごもっともなので、二人には休憩を少し先延ばしにしてもらうことにして、三人で馬車の中に積んである荷物を降ろすことにした。


 小麦、卵、牛乳。それに、うちの畑では作っていない野菜。お肉の面々は氷をぎっしり詰めた箱に収められている。前回来てもらった時にもう少しで無くなりそうだと伝えていた調味料も入れてくれているようだ。それに加え、冬に向けて必要となる衣料品や日用品等々、いつもエレンが用意してくれる一式も、一つの箱に詰めてくれている。もちろん、テオのごはんも忘れてはない。


 私のこの身は、この二週間に一度の定期便に生かされていると常々思う。畑で野菜を作ったり、木苺などを採集することもあるけれど、やはりそれだけでは生きてはいけない。私の我儘でこの辺境地に暮らし始めたのに、毎回これだけの食料を用意し、配達してくれる家族や使用人たちには、本当に感謝しかない。


「うーん、キッチンいっぱいの食料品はいつ見ても心が躍るわね……」


 冷蔵庫に入れるべきものは冷蔵庫へ、そうでないものは然るべき場所へ。運び終えた後のキッチンをほくほくした顔で眺めていると、エレンが後ろから声を掛けてきた。


「お嬢様、お嬢様。これを見てください」

「なぁに? ……あ、」


 エレンが差し出した小さな箱を覗くと、敷き詰められた氷の上に大きな魚が一匹、どんと載っていた。


「魚!? 珍しいのね」

「はい。珍しく手に入ったので、ぜひお嬢様にも召し上がって頂きたいって料理長が」

「あ、だから配達を前倒しにしたのね? 本当は明後日の予定だったのに」

「そうなんです。料理長が、魚は足が早いから新鮮なうちにって。急な訪問になってしまい申し訳ありませんでした。でも、年中ヒマを持て余してるお嬢様ならいつ伺おうが別にいいですよね」

「……そうね」


 うん、エレンの歯に衣着せぬ物言いは健在のようで安心した。気ままな辺境地暮らしで時間がたっぷりあるのは本当のことなので、まさにエレンの言う通りだと思う。


 兎にも角にも、魚が食べられるのはとても楽しみだ。何年振りだろう。


 というのも、私たちの国は大陸の真ん中に位置していて、海は遠い。海側から腐らせずに運ぶのは中々骨が折れる。そのため、海の物を食べる機会はめったにないのだ。

 まあ、我が国にも川や湖があるにはあるのだけれど、畜産や酪農の方が発展している。だから川沿いや湖畔に住む人でない限り、わざわざ苦労してまで魚を食べようと思う人はいない。


 そういえば、ライジーは魚を食べたことはあるのだろうか? 肉はよく食べると認識しているけれど……。

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