3-7 触れるのを躊躇う訳
しばらくシチューを冷まし、食べさせていると、何となく餌付けしているか、もしくは小さい子に食べさせているように思えてきた。失礼極まりないので、ぶんぶんと首を振ってその考えを搔き消す。
ライジーが挙動不審な私を少し訝しげに見たけれど、それ以上追及することはなかった。代わりに、他の話題に移ることで彼の興味を逸らすことにした。
「そういえば、ライジー。この数か月でかなり読み書きできるようになったね。こんな短期間で、本当にすごいことだよ。もう私から教えることがないくらい」
ライジーの吸収力はすごい。この調子でいけば、大人が読むような難しい本でもすぐに読めるようになるだろう。あの日、読み書きを教えると言ったけれど、もうすぐお役御免となるわけだ。
それを思うと、何だか胸に隙間風が通ったように、心が冷えた。せっかくシチューで体は温まったのに、心は冷めている。何だかちぐはぐだ。
居ても立っても居られなくなって、思わず呟いていた。
「ということは、ライジーはもう私に会いに来なくなるのかな……」
私は一体、どんな顔でそれを呟いたのだろう。ハッと我に返って前を向くと、ライジーがやや怒を含んだ顔でこちらを見ていた。
「読み書きができるようになったら会いに来たらダメなのか? 俺が獣人だから?」
「ち、ちが……」
慌てて否定しようとしたけれど、ライジーは止まらない。
「本を貸してくれるんじゃなかったのかよ? それに俺、リリーにはまだまだいろんな本を読んでほしいのに。やっぱりリリーみたいなニンゲンの近くに、獣人がうろついたらダメなんだな──」
そこで言葉を切ったライジーは、俯いた。
なんてことを言わせてしまったのだろう。
けれどそれと同時に、安心したのも事実だった。
「ライジーは私に会いたいって思ってくれてるの……?」
その問いに、ライジーは顔を俯いたまま、ちらっとこちらを見た。そして、小さく、ほんのわずかにだけ、頷いた。
どうして私は、彼が会いに来てくれなくなるなんて思ったんだろう。
人間と獣人の種族を超えて、こんなにも私と親しくしてくれているのに。いつでも優しさをくれたのに。
こうやってライジーと一緒に居ながら、人間と獣人は一緒に居てはいけない、と心のどこかで思っていたからかもしれない。
こうやって獣人とこっそり会っていることが知れたら、罪に問われるのは必至だ。だから、いくらライジーが人に危害を与えないのだとしても、私と彼の間に見えない境界線があるように感じていたのだ。
その時、ライジーがギョッとした様子で顔を上げた。それはたぶん、私がぽろぽろと涙をこぼしたから。
「なっ……ど、どうしたんだよ」
オロオロ、きょろきょろするライジーに、私は子どもみたいにしゃくり上げながら、声を絞り出した。
「……ゔれじい……ゔれじいよぉ」
申し訳ないけれど、ライジーが私と同じ気持ちだと分かって安心したせいか、涙はまだ止まらない。
そんな私を面倒臭がる訳でもなく、ライジーは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
そして、私の頬を伝う涙を拭こうと思ったのか、ライジーが手を伸ばしてきた。
けれど、まただ。
頬に触れる直前でピタリと手を止めた。そして、その手を引っ込める。
その際、ライジーが鋭い爪を隠すようにしたのが見えた。
それで、わかった。ライジーが直接私に触れるのを躊躇うのは、鋭利な爪で私を傷つけないようにしてくれているからだと。
それからライジーは、畑で土を掃ってくれた時のように、ふわふわの尻尾で私の涙を掃ってくれた。
いつもの私だったら、それですっかり泣き止んで笑っていただろう。
でも、今はなおさらに涙が溢れてくる。ライジーの優しさにまた一つ、気付いてしまったから。
涙の止まらない私を見てライジーが慌てる一方、私はひそかに心に誓っていた。
人間と魔族が仲良く付き合っていく方法がないのか、私なりに模索していこうと。




