3-6 ふーふー
その後、私は鍋の火加減を調節する傍ら、ライジーの着ていた毛皮を傷めないように軽く洗った。ライジーはその間、再びソファで本を読んでいる。
ライジーに読み書きを教えたのはほんの二、三か月だけで、それから我が家に来た時は貪るように本に読みふけっている。たまに言葉の意味を尋ねてくることはあれど、子ども向けの本であれば易々と一人で読めるようになっていた。
彼の成長スピードに感嘆のため息を漏らしながら、洗濯物を外に干してくると、シチューの煮込み具合いを見てみることにする。ライジーも呼んで、鍋の蓋を開ける。
「……うん。人参とジャガイモも柔らかくなっているし、いい頃合いね」
仕上げに塩と胡椒をパッパッと振って、最後に味見をしてから火を消すと、お皿によそった。
できたお料理を居間のテーブルに運ぶのはライジーにやってもらう。二人分のシチュー皿とカトラリー類、それに温めなおしたパン。
それらを並べ終えると、私とライジーは席に着いた。
「自然の恵みに感謝します」
「……します」
私が食前に手を合わせながら呟くこの言葉を、いつしかライジーも真似して一緒に言うようになった。ここで一人暮らしするようになって、自然と出るようになった言葉だった。
──私たちは自然の恵みで生かされている。この辺境地で暮らしていると全てが当たり前ではないことが身に染みて、無性に感謝したくなったのだ。
私が住むこの国には食前のお祈りなんかの習慣は特に無いのだけれど、隣国ではそんな風習が残っている所もあるそうだ。彼らの多くは、この大地と人間を創造した母なる神を讃えているのだ。
ところで、熱々のシチューは最高だった。
素朴な味わいながら、牛乳のまろやかさに野菜と鶏肉のいい味が溶け込んでいる。とろとろ具合も程よいし、と満足していると、目の前のライジーがシチューに手を付けていないことに気が付いた。
「……熱い」
どうやらライジーは熱すぎる物を食べるのが苦手らしい。それもそうだ。普段食すものと言ったら、生肉なのだから。スプーン片手のその姿は食べる満々だったけれど、ピタリと止まっている。
空腹なのにお預け状態のライジーは、ほぼ涙目だ。
緩もうとする顔を必死に引き締めつつ、私はライジーのスプーンを貸してもらうと、一匙分シチューをすくった。それから、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてあげる。
「これで少し冷めたかな? どう、まだ熱い?」
そう言ってからハッとした。可哀そうだったからとはいえ、これはさすがに子ども扱いしすぎなのでは?
でも、私の心配は余計だった。
ライジーは私の差し出すスプーンにおずおずと近付くと、温度を確かめるためか、鼻先をふんふんと動かす。そして大丈夫と思ったのだろう、恐る恐るぱくりと食いついた。
「…………!」
見る間に、ライジーの瞳が大きく開かれていった。熱い物は失敗だったかなと思ったのも束の間、ライジーの表情からすると、反応は上々だった。
私がシチューを冷ました方法を見て、心得たらしい。ライジーがお皿に向かって、ふーふーと息を吹きかけた。
けれど、息を吹きかけて冷ますという行為をしたことがなかったらしく、上手くできないようだった。
見かねて、思わず申し出てしまった。
「……よかったら、冷まそうか?」
ライジーは答える代わりに、顔をぱあっとさせると、スプーンをずいっと私の方に差し出した。
なるほど。「あーん」は普通幼い子どもに対してすることだけれど、ライジー的には問題ないらしい。魔族の世界の常識をまたひとつ知ることができた。




