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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第一章

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3-5 白色シチュー

 エプロンを身に着けて、お鍋をコンロに載せたところで、いつの間にかライジーがキッチンの前に立っていた。


「今日は何作るんだ? 甘いもんじゃねえのか?」


 用意してある材料を見て判断したらしい。スイーツではないと知り、少し不満そうな顔をしている。


「シチューだよ。ライジーが収穫してくれた野菜と、あとは昨日届いた牛乳があるからね」

「牛乳……って確か牛の乳だったよな? 甘いもん作る時にたまに使ってたな」

「え、どうして知ってるの?」


 確かに牛乳はスイーツ作りには頻繁に登場するけれど、料理中にライジーがキッチンに近付いたことはないはずだ。

 私が首を傾げていると、ライジーがさも当然といった顔で言った。


「そんなの、においで分かるに決まってんだろ」

「そう、です、よね……」


 牛乳のにおいを感じ取れるなら、私の汗のにおいなど、余裕だろう。

 よみがえった恥ずかしさに一人顔を赤くしていると、ライジーが何かを思案してから、口を開いた。


「なぁ、俺も一緒に作ってもいいか? その、しちゅう、っての」


 その問いに、私は目を丸くした。まさかライジーが、料理をしたいだなんて言うとは思わなかったから。


 でも、もちろん答えは決まっていた。


「……うん! 一緒に作ろう!」


 それからはライジーもキッチンに入ってもらって、説明しながら料理を再開することにした。

 とはいっても、食材はもう切り終わっていたので、もう半分くらいの工程は済んでいたんだけれどね。あとはお鍋で少し炒めて、煮込むだけ。


「まずは、お鍋にバターを入れて……」


 魔法陣に触れて、火をつける。バターが溶けたところで、ライジーにも手伝ってもらって、先ほど切った食材を全てお鍋の中に投入する。


「ざっくりと炒めるだけで大丈夫よ。鶏肉の表面の色が変わったくらいで、一度火を止めます」

「え、もうこれで完成なのか?」

「ううん。次は小麦粉を少し振りかけて、粉っぽさがなくなるまでよく混ぜるの。これがとろみの素になるのよ」


 それから、冷蔵庫から牛乳瓶を取り出す。


「ここに、牛乳を入れます。豪快に!」


 牛乳をどぼどぼと一瓶丸々投入すると、再び火をつける。


「あとは食材が柔らかくなるまで、ことこと煮込むだけ。簡単でしょ?」

「そ、そーか?」


 ライジーは初めての料理に少し緊張しているのか、ぐるぐると腕を回している。


「お鍋はしばらく放っておいても大丈夫だから、ライジーは居間で座ってていいよ」


 その間にライジーの着ていた服を洗おうかな。あ、でも、毛皮って普通に洗っても大丈夫なのかしら……?

 そんなことを考えていると、ライジーが口を開いた。


「ここに本がある」


 ライジーの視線の先は、食器棚だ。お皿が並ぶその端っこに、表紙が少し黄ばんだ本が立てかけてある。


「これ? 料理のレシピ集だよ。私が書いたものだけど」


 私がそれを手に取ると、ライジーに手渡した。ライジーがそれをパラパラとめくりながら、驚いたような顔をした。


「リリーが?」

「というか、そんな立派な物じゃないわね……。レシピ集というより、覚え書きと言った方が正しいかも……」


 そう、本当に大したものじゃないのだ。人に教えてもらったレシピや、自分で作りながら思ったポイントや注意点を忘れないように記しただけのものだ。


「お、今作ってる『しちゅう』のレシピもあるぜ。なになに……なるほど。今、手順4のあたりなんだな」

「すごい、もう普通に読めるんだ」


 ライジーがレシピをすらすらと読んでいるので、驚いた。この前までたどたどしく文字を追っていたのだけれど、本当にライジーは物覚えが早い。もちろん、彼の努力の結果である。


「このレシピはね、実家の料理長が教えてくれたレシピなの。普通、シチューといえば、茶色なんだけれど、このレシピは白色でしょ。それはね、普通は入れない牛乳を入れているからなのよ」

「この白色しちゅうは、そいつが作ったレシピなのか?」

「ううん、お母さまから教えてもらったんだって。お母さまはおばあさまから。そのおばあさまも、ご主人のお義母さまから教えてもらったらしいわ。子どもに少しでも栄養のある物を食べさせたいという想いから生まれたレシピなんですって」


 脈々と受け継がれてきたレシピが、今は自分の手元にある。それを考えると、時の流れの壮大さを感じられずにはいられない。


「……やっぱスゲーよな、文字って……」


 ライジーが呟いたので、その顔を見上げた。私の手書きの文字を追う真剣な眼差しは、何か思うところがあったようだ。


「そういえば……ライジーたちの世界に文字はあるの? こうやって話す言葉は意味が通じ合うわけだし、私たちの言語って同じなのよね? なら、文字もあるのかなあって……」


 これは、ライジーと出会ってから何となく思うことがあったのだけれど、そのままにしてきた疑問だ。


「ある。けど、獣人にはカンケーない」


 ライジーがはっきりとそう答えた。その瞬間、ライジーの瞳の奥に鋭い光が宿ったように見えたけれど、気のせいかもしれない。


 なるほど。魔族の世界にも文字はあるようだ。でも、ライジーを含めた獣人たちには、関係がない?


 どういう意味だろう。


 ライジーは人間が使う文字を初めて見たようだし、もしかしたら魔族と人間の話す言葉は同じでも、記して使う文字は異なるのかもしれない。


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