3-3 兄の手作り魔具
一人微笑んでいると、ライジーが怪訝そうに見てきたので、慌てて話題を替えて取り繕った。
「そういえば、ライジーはいつもどんなものを食べているの? 人間みたいな農耕文化とかあるのかしら」
「魔獣は基本、狩りに決まってんだろ。例えば鹿とか熊とか。あとはたま~に俺らの領土に迷い込んだニ──」
そこでライジーがピタリと止まったので、聞き返した。
「ニ?」
「じゃなくて。他はそうだな、魔獣同士でこ──」
またもや口をつぐんでしまったので、私はまた聞き返す。
「こ?」
「……いや、何でもね」
何を言おうとしたのだろう。少し気になるけれど、基本的に狩猟ということなのだろう。
「なるほど……ということは、お肉を食べることが多いのね。私、何も考えないで甘いものとかお野菜とか出してきちゃったけれど良かったのかしら……」
ライジーに作ってあげてきたものを思い出していると、段々心配になってきた。実は獣人の体質に合わないものを食べさせていて、体を壊す原因とかになってやしないか……。
思いつめた顔で考えていたせいか、ライジーが食い気味にフォローしてくれた。
「良いに決まってんだろ! リリーが出すモンは全部おいしいからな! それに、狩りが失敗したときは木の実とかで食いつなぐこともあるから、肉しか食べないってことはないし……」
それを聞いて、少し安心した。少なくとも元気そうなライジーを見る限り、私の料理が毒になっていることはなさそうだ。
「じゃあ……今日も料理を作っても?」
「いい! とゆーか、作ってくれ。腹減って死にそーだ」
ライジーがげんなりした顔でそう言うと、タイミングよく彼のお腹が元気よく鳴った。
「ふふふ。じゃあ、とびきり美味しいの作るね! ……でも、その前に」
「その前に?」
「お風呂かな」
「……おふろ?」
「ライジーたちはお風呂の習慣ってない? お湯で体を綺麗にするの。湯浴みとも言うわね」
「あー、水浴びのことか。川ですんぞ」
うぅ、寒い時期は大変そう。……これはお風呂を好きになってもらえる絶好の機会だ。
「土をたくさん被ったし、汗もかいてるでしょ? だから、食事の前にお風呂に入って、さっぱりしましょ? あ、もちろん、勝手が分からないだろうから手伝うよ」
そう言うと、ライジーがギョッとした顔をした。
「お、俺はいい。土はさっきみたいにふるい落とせば大体きれいになるし!」
……おや? いつも人間の文化に興味津々なのに。
ははぁ、なるほど。これは既視感がある。テオをお風呂に入れる時の反応と全く一緒だ。
その可愛さに思わず顔が緩むのを我慢して、説得を試みる。
「怖がらなくて大丈夫よ。気持ちいいんだから」
「…………別に怖くない」
それから家に着くまで、ライジーが目を合わせてくれることはなくなった。あくまでも拒否しているのだろうか。
そんなに嫌なら無理に入ってもらうことはないんだけれど、後で気分が変わるかもしれない。今は様子を見ることにしよう。
そうこうしている間に、家に到着した。載せていた野菜を台車から下ろし終えると、ライジーに手伝ってもらってキッチンへと運んでもらう。
我が家のキッチンの片隅には、大きな木箱がひとつ、鎮座している。上面が蓋になっていて、上に押し上げることで開く仕組みになっている。
「ありがとう。籠のまま、この箱の中に入れてくれる? 暑くなってきたからね、傷まないようにしないと」
ライジーが私の指示通りにじゃがいもの籠を木箱の中に置いた瞬間、驚いた声を上げた。
「うわっ! 何だこれ?」
「ふふふ、冷たいでしょ? 冷蔵庫っていうのよ。食べ物が腐らないように保存するための道具なの」
「す、すげぇ……ニンゲンの世界って、こんなもんまであるのか」
「人間の世界というか……私の家だけ? 兄の手製品だから」
私のたった一人のきょうだいである兄、サーレット・マクネアスは魔法において類い稀なる才能を持っていて、優秀な魔導士しか入れないという王宮魔導士団に所属している。
その兄が、私が一人暮らしを始めると知るや否や、辺境暮らしはさぞ不便だろうとちゃちゃっと作ってくれたのがこの品だ。思いつきで作ったようなのにこの完成度は、本当に兄は優秀なのだと分かる。
蓋の内側には魔法陣が印されていて、どうやらそこから冷気が出るらしく、箱内部全体を適度に冷やしてくれる。二週間に一度しか食料の定期便が来ないこの辺境地で快適に暮らせているのは、兄が作った幾つかの魔具があるからこそだ。
私たちの生活で物を冷やす手段といえば、氷室しかない。でも寒い地域から定期的に氷を運ばないといけないし、そもそも氷は貴重なので、一般的ではない。普通に考えると、王宮か、貴族の中でもかなりの上級貴族しか持つことができないのが氷室なのだ。
しかも兄の作ってくれた魔具・冷蔵庫は、氷室ほど管理の手間が要らない。というか、全く要らない。……魔法を使えない私には管理ができないと言った方が正しいかもしれないけれど。たま~に兄が我が家に遊びに来てくれた時に、ついでに魔具のメンテナンスをしてくれるだけだ。
……とまあ、これほどまでに貴重な物なのに、この世で私だけが使っているという事実を考えると、少し後ろめたい。
そこで、兄に提案したことがある──こんなに便利な魔具を私一人で享受するのはもったいないから製品化したらどうか、と。兄の「面倒くさい」の一言で断られてしまったのだけれどね。世に広めて、皆に使ってもらうべきだと思うのだけれど……。我が兄ながら、天才すぎるが故、考えていることが分からない時がたまにある。
「そうそう! ちなみに、冷蔵庫の下の部分はさらに温度が低くなっててね、食材を凍らせることもできるのよ。ほら、この前作ったアイスクリームも、この冷凍室で冷やして作ったのよ」
冷蔵庫の最下段には、抽斗がある。それを引き出すと、まるで冬真っ只中の雪国のような寒々とした空気がツンと肌を刺激してくる。上部の冷蔵部分とはまた違った魔法陣が施されているのだろうけれど、魔法に詳しくない私には分からない。
「おぉ……! これがあいすくりいむを……!」
『アイスクリーム』という単語を出した途端に、ライジーの目の輝きが一層増した。予想通りの良い反応をしてくれて、私も大満足だ。
ほくほくした顔をしていると、ライジーが急かすように尋ねた。
「なあ、リリー! 他にもないのか!?」
「他にも、って……冷蔵庫みたいな魔具が、ってこと?」
「おう!」
「ふふ……見たい?」
私はにやりと笑うと、同じキッチンにある台を見せた。その天板には、五徳がふたつ置かれている。それぞれの五徳の下部には小さな魔法陣が幾つか印されているので、明らかに魔具だと分かるものだ。
「まずはコンロ!」
「こんろ?」
「調理用の加熱機器のことよ。五徳の上にお鍋を置いてこの魔法陣に触れるだけでなんと着火・消火が可能! さらに、弱火・中火・強火の三段階の火力が選べる機能付き!」
「ここでリリーのうまい飯が生まれるんだな!」
次は、すぐ隣の流し台。川から引いてきた水がこの蛇口から出てくるのだけれど、ハンドルの近くにこれまた魔法陣が。
「あとは、何気に欠かせないのがこれ! 魔法陣に触れるだけでお湯が出てくる給湯器! 寒い時期のお皿洗いが楽しくなること必至!」」
「ホントだ、あったけー!」
ここまで来たらアレを紹介しないわけにはいかない。




