3-2 経緯
そんなこんなで、一度土まみれになれば、もう二度も三度も一緒だ。ジャガイモ掘りはライジーの高速犬かきにお願いすることにした。おかげで予定より早く畑での作業を終えることができた。
あとは収穫物を家に運ぶだけだ。台車を持ってきていたので、それに野菜籠を全て載せる。ライジーと協力して台車を押す道すがら、私はお礼を言った。
「本当にありがとう。ライジーが手伝ってくれたおかげですごく助かっちゃった」
「……別に。俺が食べる分でもあるんだし」
「そうね」
まっすぐお礼を言うと、ライジーはいつも照れた様子を見せる。私がくすくすと笑っていると、ライジーが何か言いたげな顔をしていることに気付いた。
「どうしたの?」
「……いや。俺らの世界だと、力の強い魔族が弱い魔族に食いもんを用意させることがあるんだけど、ニンゲンは違うんだなって。ニンゲンの貴族ってのは、強い魔族みたいなもんだろ? なのにリリーは自分で食いもん作るし、それどころかその材料を一から育ててるし」
「ふふふ、違う違う。前にも言ったけど、私が『変わり者』だからだよ」
そう、私が例外なだけだ。私の存在のせいで人間社会についての知識を誤解されてはいけないので、ライジーにしっかり説明する。
「人間の世界も、きっと魔族の世界と一緒よ。王族や貴族をはじめとした地位や権力、お金を持っている身分の高い人たちは普通、自分で食料を用意したり、料理したりしないの。身分の低い人たちにしてもらうのよ」
「じゃ、何でリリーはするんだ?」
「んー……好きだから、かな」
辺境伯令嬢だった私は小さい頃から、お抱え料理長お手製の、それは美味しい食事を当たり前に頂いてきた。本当に恵まれていたと思う。
そんな私が料理を始めるきっかけとなったのは、少女時代に読んでいた本だった。その物語に出てきた料理が想像するだけでとても美味しそうで、自分も食べてみたくなったのだ。
料理をしたことをなかった私は、料理長に頼んでその本に出てくる料理を作ってもらった。作ってもらったものは、確かに美味しかったのだけれど、本に出てくるものとはどこか違った。
その原因を子どもながらに考えた結果、料理長にレシピしか伝えてなかったからだとの結論に至った。つまり、その物語を読んだ者にしか分からない、その料理の背景にある微細な過程を料理長は知らなかったからだ。
そこで、私は考えた──これはもう、自分で作るしかない、と。
それから、たまに料理長に頼み込んでは、厨房で料理の真似事をさせてもらうようになったのだ。
貴族の令嬢が料理なんて、と普通なら眉をひそめられるところを、家族は温かく見守ってくれた。唯一、メイド長だけ小言を言っていたものの、なんだかんだ見逃してくれた。
「料理を続けてこられたのは、何というか、こう……『生きている』って実感が湧くからかもしれない。『食』って命に直結することでしょ? だから、畑仕事もすぐに好きになったのよね。自分で食べるものを、自分の手で育てる。それがね、すごく楽しいの」
社交の中心である王都から領地の屋敷に『避難』してからというもの、知らない人と会うのが怖くなって、しばらくの間、ほとんど外に出ない生活を送っていた。それこそ、部屋に籠って本を読みまくる生活をしていた。静かな生活を求めていたのだ。
そんな私を見かねたのか、母が土いじりを勧めてくれたのだ。その頃から、屋敷の庭園でお抱えの庭師と一緒に庭木や花の手入れをするようになった。
その中で知ったのが、母も実は庭園でこっそり土いじりをしていたということだった。土や草木に触れる良さを知っていたからこそ、私を誘ってくれたのだった。
土いじりに慣れてきた頃、庭師が「庭園の一角を畑に改造して、野菜を作ってみては」と勧めてくれた。私が料理好きだということも知ってくれていたからだと思う。
人と話すことに臆病になっていた私には、これが大当たりだった。畑で遭遇する虫は恐怖だったけれど、畑仕事に上辺だけの会話や腹の探り合いなんか必要ない。こんなに楽しいことはなかった。
それが分かってからは早かった。両親に早速、相談した──畑をするのに十分な土地があり、人里離れた自然豊かな辺境地で一人暮らしをしたいと。
何故そんな突拍子もないことを言い出したのかといえば、実家の屋敷がある領都は人口が多く賑わっているし、屋敷にも王都からの来客があることがある。辺境伯領とはいえ、静かな環境とは言えなかったからだ。
若い娘が危険性の高い地域で暮らすことに、いつもは子どもの意志を尊重してくれる両親もさすがに渋った。けれど土を触れるようになってから、私の寡黙ぶりや吃りが改善に向かったのには気付いていたらしく、貴族社会に馴染めない娘の心身の健康の為ならばと、結局は許してくれた。
けれど一人暮らしはさせる気がなかったようで、たくさんの使用人を付けようとしてくれた。仲の良かったメイド長をはじめ、何人もの使用人たちが同行したいと手を挙げてくれたけれど、丁重にお断りした。
申し出はとても有難かったのだけれど、私が向かう場所は辺境伯領の中のさらなる辺境地。聖女様の結界で守られているとはいえ、すぐ近くに魔族の領土がある場所だったので、私の我儘で大切な使用人たちを危険で不便な所に行かせるわけにはいかなかったのだ。
こうして私は、愛する老犬一匹だけを連れて、この辺境地で一人暮らしを始めた。そして、手負いの獣人と出会った。
そう考えると、辺境暮らしも悪いものじゃない。




