20-6 どうしても夢を叶えたい理由
◇◇◇
「──ライジー、入っていい?」
ドアをノックすると、中から短く返事が返ってきたので、私はドアを開ける。
程よい狭さの屋根裏部屋にはベッドと小さなテーブルがあるくらいで、ドアの真向いには開け放たれた窓がひとつ。ライジーはその窓枠に腰かけ、夜空を見上げていた。
「私の看病で夕食を食べ逃しちゃったでしょ? 簡単だけど、サンドイッチを作ってきたの。一緒に食べない?」
「……ああ」
微妙な間をおいてそう言ってくれたけれど、ライジーの顔は外ばかりを向いていて少しも動こうとしない。そんな彼を見て、私はおずおずと中に入り、テーブルの上にトレイを置いた。
ライジーは怒っているのかもしれない。
聖女様方との話の最中、いつの間にかライジーがいなくなっていることには気付いていた。いつもだったら私のそばを離れようとしない彼がこっそり姿を消すなんて、思い当たる理由はただ一つ。私が「聖女になる」なんて言ったからだろう。
魔族にとって人間は敵対する存在だけれど、聖女はその最たるものだ。そんな存在になりたいと私が宣言したものだから、ライジーはきっと困惑しただろうし、不快な思いをしているはずだ。
けれど、ライジーとはきちんと話をしたい。たとえ理解されなくとも、ライジーは私にとって大切な人だから。
「ほら、ローストビーフのサンドイッチもあるんだよ。ローストビーフがね、厨房に残っていたから、デボラさんに聞いて使わせてもらっちゃった」
「…………」
大好きなはずのローストビーフのサンドイッチを前にしても、反応がない。……これは相当だ。
サンドイッチに頼ってばかりでは駄目だ。意を決してライジーに向かい合うと、私は口火を切った。
「ライジー、私ね、聖女様のお傍でお勉強をさせてもらうことになったの。本当に私が聖女なんて大それたものになれるかは分からないけれど……やってみたいの。前に言ったこと、覚えてる? 魔族と人間が手を取り合う方法がないか、探ってみたい。聖女という立場からなら、それが見つかるかもしれないから」
「……別にいいんじゃねえの。リリーがやりたいってんなら」
ライジーがそう答えてくれたことにホッとすると同時に、不安でもあった。どうしてライジーはこちらを一度も見てくれないのだろう。
胸が締め付けられるのを感じながら、話を進める。ここからが正念場だ。
「それでね、急な話なのだけれど……聖女様と話し合って、明日ここを出ることになったの。数日かけて王宮に向かうわ。ライジーにはいつも助けてもらってばかりなのに、こんなこと言いにくいのだけれど……」
その瞬間、ライジーの体がこわばった。もしかして、ライジーは私が言うことを分かって身構えたのかもしれない。
──それでも。
「私はライジーと一緒に、王宮に行きたいの」
今でも人間界に居てもらっているのに、今度はその中枢に来てほしいなんて本当に無茶を言っていると思う。そんな私に、さすがのライジーも愛想が尽きてもおかしくはない。
本当にこれは、ライジーと離れ離れになりたくないという私の我儘に過ぎない。
「さっきね、ライジーを王宮に連れて行っていいか、お兄様に聞いてみたの。お兄様は大分渋ったんだけれど……聖女様が助け舟を出してくれてね。王宮に魔物を連れていけば非難は避けられないだろうけど、ライジーのことは絶対に守ってみせるって聖女様がおっしゃってくれたの」
聖女様には本当に感謝してもしきれない。お兄様は聖女様のことをワガママだと言うけれど、私はそう思わない。国と民を見捨てることなく聖女の務めをきちんと果たしているのだし、現に困っている私を助けてくれたのだから。
「……いいのか? 俺がついていっても」
ライジーの言葉を聞いて、私は少なからず驚いた。ライジーの顔を見て、もっと驚いた。キョトンとした顔で、さらに言うと少しだけ泣きそうな顔で、ライジーはこちらを見ている。
「王宮に行くのが嫌じゃないの?」
「リリーが一緒なら、どこだっていい」
ようやく私の目を見てくれたライジーとしっかり向き直ると、ライジーは懸命に想いを伝えてくれた。
「リリーは俺のこと好きだって言ってくれたから、俺のことを置いていっちまうことはないと思ってた。けど、周りのヤツらはたぶん、そうじゃないだろうなって。だから、どうやってリリーの後をこっそり付けるか考えてたんだ」
「ふふ、そんなこと考えてたの?」
冗談かと思ってつい笑ってしまったけれど、ライジーは真顔だ。冗談ではなかったらしい。
それに、ライジーと一緒に居たいと私が思っていることを分かってもらえていて、素直に嬉しかった。頑張って好意を伝えた甲斐があった。
ライジーの気持ちに応えたくて、私も自分の気持ちを正直に伝える。
「私、ライジーは怒っているのかもって怖かったの。私が聖女になるなんて言い出したから」
「怒る? リリーに? そんなわけあるか」
「でも……魔族にとって聖女は一番の敵でしょう?」
「忘れちまったのか? 貴族でも、聖女でも、リリーはリリーだって」
「……うん、そうだったね」
忘れる訳がない。出会った当初から、「私」を見続けてくれたライジーの言葉を忘れるはずなんて。
「──や、でも、怒るってのはなかったけど、こわくはあったな」
ライジーの言葉に胸が温かくなっていると、突然、ライジーが思い出したように言い出したから、ギョッとした。
「こわい? どうして?」
「だってさ、初めてサンドイッチを食ったあの日も、しばらく会えないってリリーが言い出したから。今日もそう言われるんじゃないかって一瞬こわくなったんだ」
「あ……」
そう言われて思い出した。“境の森”の小屋に初めて行った時のことだ。あの時、二人でサンドイッチを食べて、その後「お兄様が私の家にいつ来るか分からないから、しばらく会えない」と確かに言った。
サンドイッチを持ってきたと告げた時の微妙な間といい、ローストビーフのサンドイッチへの反応の薄さといい、これが原因だったのだ。
「ごめんなさい……不安にさせちゃったね」
「いーんだ、リリーとこれからも一緒に居られるって分かったし。……あ~~、安心したら腹減ってきたな。これ、食っていいか?」
「もちろん! 食べよう?」
ライジーが屈託のない笑顔でサンドイッチを頬張り始めたので、私もすっかり安心した。ライジーと一緒に、サンドイッチをいただくことにした。
「そーいや、あの黄色い髪も一緒に来るのか?」
「黄色……? あぁ、レジナルド様のこと? うん、聖女様の親衛隊長だし、もちろん」
「ゲ……ってことは、これからもずっと顔を合わせなきゃならねーのか?」
顔をしかめるライジーを、私はしばし見つめる。ここまでくると、素朴な疑問だ。
「……聞いてもいい? どうしてそんなにレジナルド様が、その、苦手なの?」
「ハ、決まってんじゃねーか、そんなの──」
何かを言いかけたところでピタリと止まってしまった。私が首を傾げて待っていると、ライジーは腹立たしいとでも言うような顔で言葉を絞り出した。
「~~~~そんなのゼンブだよ、全部!!」
「そ……そう」
何か明確な理由があるなら、レジナルド様との距離が縮まるようにフォローできるかと思ったのだけれど、理屈ではなく本能的に無理ならお手上げだ。
小さくため息を吐いていると、ライジーがハッとしたと思いきや、突然大声を出した。
「ってか! 苦手なんじゃなくて、嫌いなだけだし!」
ムキになるライジーも可愛いと思えてくる私は重症だ。それほどライジーにのめり込んでしまっているのだから。
それでも、誰かを好きになるというこの気持ちは大切に、大切に抱えていきたい。この尊い感情を教えてくれたライジーに、私はこれから何を返せるだろう。
美味しそうにサンドイッチを食べるライジーを見ながら、私は考える。
──魔族と人間の共存。
魔族との共存が当たり前の世の中になれば、私もライジーとずっと一緒に居られる……?
頭に浮かんだその考えに、私は光を見た気がした。
どうしても夢を叶えたい理由が、ひとつ増えてしまった。こんな不純な動機、聖女になる者の素質として相応しくない気がするけれど……。
この想いが胸の中にあれば、どんな逆境も乗り越えていけそうだから不思議だ。




