20-5 自分のために
……言えた。「どの口が」と言われるようなことを、ごまかすことなく、ありのままに。
自分の気持ちを告げる間も、告げ終えた今も、聖女様は一言も発することなく、じっと私を見つめている。その表情からは、何を考えているのか判断できない。
やはり分不相応なことは言わない方がよかっただろうか。そんなことを私が思い始めた頃、聖女様がようやく口を開いた。
「それってつまり……聖女になるってこと?」
聖女様がそう聞いてくださったので、私は意を決してこくんと頷いた。
その瞬間、その場の皆がハッと息を呑むのを感じて、すぐに慌てて付け足した。
「で、ですが! 私自身、自分にそんな力があるのか半信半疑ですし、いきなり聖女というお立場をこなせるとは到底思えません。いきなり私のような半端者が現れても誰も認めてくださらないでしょうし」
「……それはないと思うけど。っていうか、万が一聖女だって信じないヤツがいたら、私が力ずくで認めさせてやるわ」
「アリア様……」
聖女様の豪胆な発言に呆れ顔で呟いたレジナルド様とミリさんを横目に、私は考えていた言葉を吐き出す。……あともう一歩だ。
「ですから、あの、お試し期間といいますか、見習いという形で聖女様のおそばに置いていただけますでしょうか……? 聖女様は早く王宮を出て行かれたいとのことでしたので、このようなお願いを致すのは大変心苦しいのですが……きちんとお役目をこなすことができるようになるまで、どうか聖女様のお力を貸して頂きたいのです」
想いの全てを吐き出して、私は高揚していた。と同時に、不安が芽生える。
こんな大それたことを言ってしまって、聖女様を困惑させてしまったかもしれない。けれど、この形が一番現実的なのではないかという、私なりの案だ。
ギュッと両手を握り、聖女様の答えを待つ。断られてしまったら、その時はその時だ。私の夢は違う方法で叶えるしかない。
「仕方ないわね」
そう聞こえて、私がハッと顔を上げると、聖女様がむすっとした顔でこちらに手を差し伸べていた。
一瞬、怒らせてしまったのかと思ったのだけれど、よく見て気付いた──そのお顔はほんのり赤く染まり、目は潤んでいる。
さすがに私でも分かった。聖女様がそんな表情をしているのは照れ隠しなのだと。
「……嬉しいなら嬉しいと、正直におっしゃってくださいね。アリア様」
「本当、筋金入りのあまのじゃくですね。アリア様は」
小さく吹き出したミリさんとレジナルド様に、そしてすかさず「うるさいわね!」と二人を睨む聖女様に、私は思わず笑みが漏れてしまう。
私は握りしめていた拳を開くと、差し出されていた手をゆっくりと握った。
「よろしくお願いいたします、聖女様」
「……うん」
ちらっとこちらを見てくれた聖女様と目が合うと、聖女様はゆっくり頬を緩めてくれた。私も自然と笑みがこぼれる。
「ソフィアリリー様……この度は騙すような形になってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
聖女様と手を離したところで、ミリさんがおずおずと話しかけてくれた。
「ですが、私たちの不躾なお願いを聞いてくださり、心から嬉しく思っています。アリア様も、こんな素っ気ない態度ですが、心の中では大変お喜びになっているのですよ。これまでお一人で踏ん張ってこられましたから……ソフィアリリー様の手助けをいただけることになり、随分頼もしく思っておられるのではないでしょうか」
「か……勝手に人の気持ちを代弁しないでくれる?」
かっと顔が赤くなる聖女様を、私とミリさんはついつい微笑ましく見守ってしまう。
それはそうと、ミリさんにお礼を言っておかなければいけないことを思い出して、私は彼女の方を向いた。
「ミリさんはそうおっしゃいましたが……こうしようと決めたのは、ミリさんのおかげなんですよ?」
「私……ですか?」
「はい」
思いもしなかったのだろう。ミリさんはきょとんとしているのだけれど、あの時のミリさんの言葉が私の背中を押ししたのは間違いなかった。
「ミリさんがおっしゃったじゃないですか、自分の持つものを誰かのために役に立てるのが使命だって。これまでの私だったら、聖女の素質があると言われても身の丈に合わないことをやってみようなんて考えもしなかったでしょう。でも、ミリさんの言葉がふと頭をよぎって……私も自分にできることをやってみようと思ったのです。だから私の方こそ感謝しなくてはいけなくて……ミリさん、ありがとうございます」
「ソフィアリリー様……」
ミリさんの手を取り、深く感謝を伝えると、彼女は目を潤ませて私の手を握り返してくれた。
「それでも、君が勇気を出したからこその選択に変わりはないだろう」
ミリさんから手を離した瞬間、私の手を大きな手が握った。振り返ると、レジナルド様が私の足元にひざまずいている。
「ソフィア、君の決断に敬意を表する」
「レ、レジナルド様、どうかお立ちください。私はただ、自分のために行動しているだけですのに──」
私は慌ててレジナルド様の腕を取り、立ち上がってもらった。何しろ、私は人に褒めてもらうようなことはしていない。
そう。私は「この国を守るため」とか「世界を平和に」とかではなく、自分の理想を叶えるために聖女の道を選んだだけの、自己中心的な人間なのだ。
「こらこらレジー君? 私の妹に近すぎやしないかい?」
そう言って、レジナルド様と私の間に割り込んできたのはお兄様だ。
そのお兄様を見てようやく申し訳なさがこみ上げてきた私は薄情者だ。私の平穏な辺境地生活を守るために一番身を挺してくれていたのは、きっとお兄様なのに。それなのに私は、お兄様が守ろうとしてくれていたものを台無しにしたのだ。
「……申し訳ありません、お兄様。一言も相談せず、こんな大事な話を進めてしまって……」
「正直……驚いたよ」
俯きがちに口を開いた私に、お兄様はそう答えた。
それはそうだろう。魔力なんてこれっぽっちもなく、辺境地に引きこもっていた妹が突然、聖女になるなんて言い出したのだから。
「お兄様は私を守ろうとしてくださったのに、私がすべて無駄にしてしまいましたね……」
「……ソフィー、私はね、少し安心したよ」
その言葉に、私は顔を上げた。お兄様は怒るでもなく、失望した様子でもなく、ただ微笑んでいた。
「おまえが誰かのために自分を犠牲にしようとしていたなら、私は止めていた。けど、おまえは自分のために聖女になると言った。だから、私もおまえを応援するよ」
そう言って、お兄様は私の頭をポンポンとたたいてくれた。
目の淵が熱くなる。これほど懐の深い兄を持つ私は、なんて贅沢者なんだろう。
「お兄様……ありがとうございます……」
声を詰まらせながら何とか感謝の気持ちを伝えたところで、思わず涙がこぼれてしまう。そんな私を見て、お兄様が困ったような顔で頭を撫でてくれた。
「頼むよソフィー、嬉し涙でも私の心臓が縮むから泣かないでおくれ」
「違うだろ、サーレット。こういう時は優しくハンカチを渡すのが紳士ってものだろ?」
「レジーはソフィーに近付くな。私が渡す!」
レジナルド様が私にハンカチを差し出してくれたのだけれど、お兄様はそのハンカチをパッと取り上げた。……お兄様は何をそんなにムキになっているのだろう。
「……話には聞いてたけど、想像以上のシスコンぶりね……」
「ふふ、ソフィアリリー様のおかげでこれからの王宮生活が楽しくなりそうですね? アリア様」
呆れた様子の聖女様に続いて、ミリさんが微笑みながら答える。私に関係していることもあり、ひかれるのも温かく見守られるのもつらいところだ。
「近付くなって言ったって……俺が聖女様の親衛隊長である限り、これから避けられないことだぞ?」
レジナルド様の言うことはもっともだ。レジナルド様が聖女様の親衛隊長で、私が聖女様のおそばで聖女修行をするなら、これからはレジナルド様と頻繁に顔を合わすことになるだろう。
お兄様もそのことが分かっているはずなのに、認めたくない様子で絞り出した言葉は──。
「……なら、私を親衛隊に配属してもらうよう王様に直訴する!」
そう言うやいなや、お兄様は片方の手の平を上に向けた。その手の平に球体の形をしたぼんやりとした光が浮かんだのを見て、ハッとした。お兄様が通信魔法の伝書鳩を出そうとしている。私は慌ててその手にすがりついた。
「じょ、冗談はやめてください!」
「冗談なものか」
お兄様が至って冷静にそう返答したので、私はさらにヒッとなる。
「そ、そんな個人的な理由で王様に直談判なんて、処分ものですよ!? やめてください! お願いですから!」
「う~~ん、ソフィーのお願いは聞いてやりたいし……おまえがそこまで言うなら仕方ないか……。ま、別の方法を考えるとするか」
お兄様が諦めてくれてホッとしたのもつかの間、付け足すように呟いた言葉に私は「ん?」となる。
けれど、今の話の流れで聞いておきたいことがあったので、この件は保留にすることにした。
「お兄様、あの、わがままついでなのですが……もうひとつお願いしたいことがありまして……」
「何だい? 何でも言ってごらん」
お兄様はニコニコしながらそう言ってくれたけれど、私にはわかる。数秒後、お兄様が眉をひそめるだろう、最悪の場合、拒否されるだろうと。
「王宮に参上する際なのですが……──」




