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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第三章

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20-2 私のせいで

「……ち、違います。私が聖女であるわけがありません」


 私は弱々しく首を振った。聖女様とミリさんが丁寧に説明してくれたにも関わらず、それを認めたくなくて、ただそうするしかなかった。


「私はただ本を読むのが好きなだけの引きこもりですし、ライジーが魔族らしくないのは元々心優しいからであって……。それに私の家が襲われたというのも、結界のすぐそばにあったというだけで──」


 同意を求めるようにライジーの方を見たのだけれど、ライジーは同意してくれるどころか、神妙な顔で黙りこくっている。そんなライジーを見て、私の心はますます不安で押し潰されそうになる。


 聖女様はため息を吐くと、くりっとした瞳で私をとらえた。


「突然こんなこと言われて受け入れられないのは分かるわ。でも、あなたがその獣人と仲が良いのを見て、私の“拒絶”の能力はもう要らないんだって思った。私の時代はもうすぐ終わりを迎えるの。だから、ちゃんと考えてみてほしい」


「その必要はない」


 突然の声に驚いて、聖女様と私はさっと扉の方を振り返る。


 まさかと思ったけれど、開け放した扉の向こうに立っていたのは、まさにサーレットお兄様だった。


「お、お兄様……⁉」


 お兄様がここにいるということは、結界の修復作業はもう終わったのだろうか。聖女様が先ほど結界を修復してきたとおっしゃっていたから、きっとそうなのだろう。


 お兄様が息を切らしているなんて、よほど急いで戻ってきたようだ。息を整えるのも束の間、つかつかと中に入ってくると、聖女様と私の間に割り込み、聖女様を見下ろした。


「私の妹に、何を勝手なことをおっしゃっているのですか?」


 お兄様の冷たい視線が聖女様を突き刺す。けれど、聖女様はそれに怯むことなく、淡々と言い返した。


「この国のためよ」

「だからと言って、妹の穏やかな生活を脅かすのは許せません。たとえこの国の命運がかかっていようとも」


 お兄様が私を守るために怒ってくれているのは、理解している。けれど、二人のやり取りにはハラハラする。お兄様の怒りの感情がこのまま膨れ上り、爆発してしまいそうで。


「別に強制しようってワケじゃないわ。聖女の道を選ぶかは、あくまでソフィアリリーほんにん)なんだから」

「だからそれが──ッ」


 その瞬間、お兄様が聖女様の肩につかみかかった。


 ──あぁ、だめです、お兄様……。


 私が顔を真っ青にして言葉を失っていると、誰かがサッと横を通り過ぎ、お兄様の腕をぐいっと引き剝がした。


「サーレット! やめろ!!」


 聖女様との間に入り、お兄様をたしなめたのは、レジナルド様だった。


 それでもお兄様の顔からはまだ怒りの色が消えず、低い声でただ一言呟いた。


「……どけ、レジー」

「落ち着け、サーレット。相手は聖女様だぞ!」


 レジナルド様はお兄様の顔を見て、いつもの冷静さが失われていることに気付いたのだろう。くるりと振り返ると、今度は聖女様に向かい合った。


「……アリア様、俺を騙したのですか? ソフィアに興味があると言えば、ここに連れてきてもらえるから──」

「……ウソは言ってないわ」


 聖女様は不服そうな、傷ついたような顔で、そう呟く。


 ──あぁ、聖女様。そんなお顔をしないでください。


 次いでレジナルド様の顔が、ミリさんの方に向けられる。


「ミリ、君も知っていたのか。アリア様の魔力のことも、このたくらみのことも」

「……申し訳ありません、隊長」


 言い訳ひとつせず、ただそう言ったミリさんに、レジナルド様は深くため息を吐いた。いつもの朗らかな顔が、今は厳しい顔つきになっている。そんなレジナルド様を見て、私の胸がぐっと締め付けられる。


 お兄様も、聖女様も、レジナルド様も、ミリさんも……皆の間に軋轢が生まれてしまったのは、元をたどれば、私のせいだ。


 私がここにいなければ……、私が聖女だと勘違いされるようなことをしなければよかったのだ。


 私が一人そんなことを考えている間にも、周りの話は進んでいく。


「ミリは悪くない。他の皆にはだまってて、って私がお願いしたの」

「アリア様はせめて親衛隊長の俺に報告すべきでした。……そんなに俺が、頼りなかったですか。魔力が弱まった聖女は見限られると……そう思ったのですか?」

「……ちがう、そうじゃない……。私は別に、聖女の身分にしがみつこうとしてるワケじゃない。現に、ソフィアリリーが聖女になってくれるなら、私はすぐに王宮から出て行くつもりだし──」

「……はい!?」

「また、そんな突飛なことを──……」


 皆の声が遠くに聞こえるような気がして、ふと気付いた。


 何だか苦しい。


 それが何故だか分からないうちに、慌てた様子のライジーが私の顔を覗き込んできた。


「リリー!?」


 ライジーの慌てぶりからきっと大声で私の名を呼んだはずなのに、隣の部屋から聞こえたかのように、その声はとても小さい。


 それだけではなくて、ライジーや、その後ろのレジナルド様にお兄様が動揺した様子でこちらに向かってくる光景が、白く靄がかかっているかのように見える。


 そこで初めて、私は過呼吸を起こしているのだと気付いた。


 ──ひとまず話はここまでだ。

 ──アリア様はここでお待ちください。


 そのような言葉を遠くで聞いてから、私の体はふらついて、そこで意識は途切れた。




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