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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第三章

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19-5 “くもり空のカシノキ通信”

 

「聖女様、お待たせてしてしまい申し訳ありません」


 急ぎ足で客間に入ると、ソファーに座った聖女様がクッキー片手に、くるりとこちらを振り返る。


「ホント、待ちくたびれたわよ」


「リリー!」


 ソファーの近くに寄ったところで、座っていたライジーに急に手を引かれたせいで、思わずライジーの膝の上に倒れ込んでしまった。


「アイツに何かヘンなことされなかったな!?」


 アイツとはもちろん、レジナルド様のことだ。ライジーが鬼気迫る顔で聞いてきたものだから、私はこくこくと頷くしかない。レジナルド様の部屋にお茶とクッキーを届けに行く時もついて来ようとしたライジーを客間で待つようにとどめたものだから、その反動かもしれない。


 今日一日を通して、聖女様とミリさんに対する警戒心は大分やわらいできたけれど、レジナルド様に対してはまだ──というか、より一層、強くなっている気がする。


 とりあえず私が無事だったのが分かってホッと緩んだライジーに、私は口を開いた。


「ねえ、ライジー……今朝も言ったけど、気を張らなくていいのよ?」

「張ってねーよ。ほら、いつもどおりだろ?」


 後ろからぎゅうっと抱き締められ、ますます私の体はライジーの腕の中に収められてしまう。目の前でこれを見ていた聖女様が、呆れた様子で呟いた。


「へえ……いつもそう・・なの」

「ち、違います! 今は、ただ、じゃれているだけで……!」


 ライジーの腕をはねのけて立ち上がると、私は必死に弁明した。


 けれど、その途中でふと思う──本当に今だけだっただろうか?


 思い返してみると、ライジーに抱き締められたり、膝に乗せられたりするのはこれまでにもあった。それも何度も。これでは、まさしくいつも通り・・・・・のことだ。


 私が顔を真っ赤にのぼせていると、ミリさんが温かな表情で笑った。


「アリア様? もしかして、お二人の仲睦まじさに妬いていらっしゃるんですか?」

「ばっ、ばか言わないでよ!! なんで私が!?」


 突然の大声に私が驚いたためか、聖女様は咳払いをすると、言った。


「この人たちがどうかなんて、どうでもいいに決まってんでしょ! 私が興味あるのは、ソフィアリリーがどうやってそいつの邪気を払ったかってだけよ」

「……ジャキ?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げていると、聖女様はハッとした様子で話題を変えた。


「そんなことより、ほら、本を読んでくれるんでしょ! 読んでもらう本は言われた通り、そこの本棚から選んどいたわよ。はい、これ」


 聖女様はそう言うと、一冊の本を私に渡した。私が読み聞かせをすると決まったから、レジナルド様の部屋に行っている間に客間の本棚から一冊選んでもらうようお願いしていたのだ。


「……“くもり空のカシノキ通信”」


 見たことのない本だった。このお屋敷に来てから、この客間の本はすでにおおよそ把握していたから、きっとデボラさんが新しく村で買ってきてくれたものだろう。私が本好きなのを知ってから、こうやってこっそり本棚に入れてくれるようになったのだ。それも、私が特に物語好きなのを知ってか、小説や児童書なんかが多めのラインナップだ。


「読んだことのない本ですね」


 ぱらぱらと頁をめくってみる。所々に描かれている挿絵には、大きな木と少女が頻繁に登場している。きっとこの物語の主要なキャラクターなのだろう。


「私もよ。っていうか私、本なんて普段からほとんど読まないんだけどね。絵がやわらかい感じで読みやすそうだったから」


 聖女様がそう言うのを聞いて、私は気が引き締まる思いだった。普段本を読まない聖女様に読み聞かせなんて、どれだけ重大な役割なのだろう。


 私はごくりとつばを飲み込むと、聖女様とミリさんの向かい側のソファーに座った。ライジーも何気なく私の隣に座ると、立てた片膝の上に顎を乗せ、聴く体勢になった。


「……では、拙い読み聞かせで恐縮ですが、始めさせていただきます」


 すうっと息を吸うと、私はゆっくり口を開いた。





 ──“くもり空のカシノキ通信”


 ──その町はずれ、もう誰も来なくなった小さな空き地に、大きなカシの木が立っていました。


 その年寄りの木の幹は、穴ぼこだらけでした。キツツキや虫が掘ったものだったり、枝が落ちたところが腐ってできたりと、人間の年寄りでいうシミのようなものです。


 ある日、その穴ぼこの一つに手紙を入れる者がいました。アンリズという名の、町の少女です。


 アンリズは手紙にこう書いていました──「誰か、わたしの話をきいてください」。





 そこまで読むと、私は深く息継ぎをした。そして、とりあえずの区切りまで噛まずに読めたことにホッとする。初めて読む本ということもあってうまく読み聞かせできるか少し不安だったのだけれど、児童書だから内容も読みながらで理解できるし、そこまで分量も多くないのが良かった。


 幸い、聖女様もじっと聞いてくれている。私の一挙一動を舐めるように見られている気がするけれど、きっと緊張で自意識過剰になっているだけだろう。


 いま私が意識すべきなのは、目の前の本だ。そうだ、この調子で読み続ければいいのだ。


 そう意気込むと、私は再び本に視線を落として読み始めた。





 ──もう一年前ほど前になるでしょうか。アンリズが10才のとき、新しいお母さんが家にやってきました。アンリズを生んだお母さんは、アンリズがまだ6才のとき、病気で死んでしまったのです。


 だから、お父さんとアンリズ二人だけの静かな家に新しいお母さんが来てくれたことは、アンリズにとっても、飛び上がるくらいうれしいことだったのです。



 ──実際、新しいお母さんと暮らすようになって、しあわせな日は続きました。

 お母さんは料理上手な人で、おいしいごはんやおかしを毎日作ってくれました。

 やさしい声でアンリズの名を呼んでくれるし、かわいい服だって作ってくれる。


 こんなしあわせなことはないでしょう。


 それなのに、アンリズの心はもやもやと霧がかかるようになったのです。





 アンリズの心の霧の原因を要約すると、こうだ。


 新しく来た継母が優しくしてくれる度に、アンリズは生前の母のことを思い出さずにはいられなくなってしまった。


 継母はこんなに良くしてくれているのに、生みの母のことばかり思い出し、もう一度だけ会いたいと願ってしまう。


 こんなことを言えば継母はもちろん、家族を愛してくれている父親も傷つけてしまうから言えるはずがない。町の友達や知り合いに打ち明けようにも、小さな町ゆえに噂話としてすぐに広まってしまう恐れがあるから、それも無理だ。


 誰にも打ち明けられない胸の内の霧はどんどん濃さを増していき、耐えられなくなったアンリズはとうとう手紙の中にその苦しい思いを吐き出したのだ。





 ──返事なんて来るはずがないと思っていただけに、次の日、穴ぼこを覗いたアンリズはびっくりしました。そこには、アンリズが昨日書いた手紙の代わりに、違う手紙が入っていたからです。


 アンリズはその見知らぬ手紙を手に取り、恐る恐る中を読んでみるとさらにびっくりしました。ただ一言、こう書いてあったからです。


「きみの声、ちゃんと届いたよ」



 ──それからというもの、アンリズは誰にも言えない言葉を手紙に代えて、例のカシの木の穴ぼこに入れました。そして不思議なことに、その度に誰かがそっと返事をくれました。


 それは優しい言葉だったり、ただ「きみのそばにいるよ」とだけ書かれていたり。時には、あたたかな絵だったこともありました。





「……え、こわ」


 そう聖女様がつぶやいたので、私はいったん読むのを止めて顔を上げた。


「このアンリズって子、相手が誰かもわからないのに、自分のことをペラペラ書くなんてありえないでしょ。だって、その手紙を書いたのが、もしかしたら町の誰かかもしれないでしょ。それなのに自分の秘密を書くなんて不用心だわ。……ま、物語の中の話なんだけどさ」

「まあ……そう感じるのが普通の感覚でしょう」


 聖女様の発言に肯きながら、今度はミリさんが口を開いた。


「でも、他に打ち明けられる人がいない、たった10才の女の子なら、それも仕方のないことではないでしょうか? 人は誰しも自分の話を聞いてほしい生き物ですから」


 聖女様の意見も、ミリさんの意見も、どちらも正しい。私はうんうんと同調しながら、感心してしまう。


「ホント、返事主は誰なのよ? あんたたち気にならない?」

「気になります。もちろん気になって仕方ありません……!」


 聖女様の問いについ熱意をもって答えると、横からミリさんが私の持つ本をちらりと見て言った。


「まだ頁は半分以上残っていますから、これから返事主の正体が出てくるかもしれませんね……」


「ありきたりだけど、私、継母が怪しいと思うのよね~。そんなに優しい人なら娘の様子にだって気付いてるはずだし、後をつけていたんじゃないかしら」


「そうですね! でも作者は裏を読んで、読者をあっと言わせる展開にしているかもしれません」


「なら、初めて返事をもらいに行くときにカシの木の近くですれ違った男の子はどうでしょう? あの時、男の子は主人公に会って少し動揺していましたよね。きっとその直前に手紙を置いてきたからですよ!」


 あぁ、楽しい。誰かと物語で議論するのがこんなに楽しいなんて。


 聖女様、ミリさん、私の三人で白熱した会話を展開していると、ライジーからじれったそうに「早く続き、読んでくれよ」と催促されたので、皆で物語の世界に戻ることになった。


 それからの物語の展開を見る限り、作者には私たち読者の反応が分かっていたに違いない。





 ──秘密の交流がしばらく続いた頃、アンリズは気になり始めていました。もちろん、いつも返事をしてくれるのが一体誰なのか、です。


 何度か物かげに隠れてカシの木を見張ったこともありましたが、こんな町はずれのさびれた空き地に近付く者は誰もいません。


 とすれば考えられるのは、アンリズが見張っていない時です。でも、さすがに一日中見張ってはいられませんし、夜は家に戻って寝なければいけません。


 だから、アンリズはひとつの作戦を考えました。



 ──「これで、よし」


 アンリズはカシの木の前にうずくまって何かを終えると、すくっと立ち上がりました。


 木の根元に水をまいて土をふやかしたあとに、落ち葉をまいて隠したのです。もしここに誰かが来たら、土の上にくっきりと足跡が残るでしょう。


 それからアンリズはいつものように手紙を穴ぼこの中に置くと、明日を楽しみにしながら家に帰りました。



 ──次の日、穴ぼこの中に返事を見つけたアンリズは、カシの木の前に立ち尽くすしかありませんでした。


 返事の手紙は確かにあるのに、足元の落ち葉は昨日から一枚たりとも動いていない気がするのです。自分で落ち葉をまいた後、それをしっかりと目の奥に焼き付けたので、動いていればすぐに気付きます。


「足跡は付いているかも……」


 アンリズはそう思い、落ち葉をしんちょうにどかしました。ですが、それでも予想外の結果にびっくりせざるをえません。足跡も何もない、ただのふやけた土があらわれただけなのです。



 ──この日から、アンリズは返事主はカシの木自身なんだと思うようになりました。それなら、見張っていても誰も来ないことも、足跡も付いていないことも合点がいきます。


 返事主の正体を暴いてやろうと思っていたので、正直残念ではありました。でも今では、それで良かったと思うようになりました。


 もし相手の顔が見えていたら、本音なんて出せなかったでしょう。


 それに返事主は「それはちがうよ」とか「こうすればよかったんじゃない」とは言わず、まさにカシの木のように大きな心でアンリズのあり方をひたすら認めてくれた。


 そのおかげで、アンリズは自分が自分であることを受け入れることができたのです。





 そこまで読むと、私は息を吐いた。


 私も他人ひとに対して、この手紙主のように広い心で接することができているだろうか?


 解決しがたい問題がこの世にはたくさん存在するけれど、カシの木の心が世に溢れれば何とかなることも多いのではないだろうか。


 絵本や児童書は子どもが読むものだからと侮る大人もいるけれど、私はそうは思わない。むしろ子どもが読むものだからこそ、真理に近いことが書いてあるのだ。今日だって、私はひとつ思い知らされることになった。


「ふーん……なら、俺にとってのカシの木はリリーだな」


 突然ライジーが呟いたので、私は顔を上げた。


「リリーはいつだって俺を受け入れてくれるもんな。獣人だからってバカにしたことなんかないし、人間のやり方を押し付けたりもしないし」

「そ、そうかな……?」


 ライジーがそう思ってくれていたなんて、素直に嬉しい。私が照れていると、聖女様の方から呻くような声が聞こえた。


「…………もう、何なのよぉ……」

「聖女様……?」


 不思議に思ってうつむく聖女様の顔を覗くと、ギョッとした。聖女様が何というか、悔しそうな顔をして、目から涙をポロポロと流していたからだ。


「正体はカシの木でしたなんて、ほんッとつまんないんだから。おとぎ話じゃあるまいし」

「児童書なので一応、子どものための物語ではありますけどね」


 そう言って、ミリさんが鼻をすする聖女様をなだめるように言い聞かせた。


「……それに、『つまらない』なんて思っているお顔ではないようですが?」


 確かに、私もそれは感じた。むしろ感動の部類に近い涙のような気が……。


 とにかく私が慌てることに違いはないわけで、聖女様にハンカチをお渡ししていると、真剣な顔をしたミリさんが聖女様に向かい合って言った。


「アリア様? ソフィアリリー様にお伝えしたいことがあるなら、へそを曲げていないで、正面から向き合ったらどうです」


 えっ? それは一体どういう……?


 思わず訊ねてみたくなったけれど、そんな雰囲気でもなかったので、グッと我慢する。


「ソフィアリリー」


 私の名を呼ぶ凛とした声に、なぜか背筋が伸びる。ハンカチで顔を拭き、少しスッキリした顔の聖女様が、続けてこう言った。


「王宮に上がりなさい。あなたが次の聖女よ」




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