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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第三章

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19-2 にぎやかな朝食


 やがて、デボラさんが軽めのデザートを運んできてくれた。


 それをいただきながら、私はちらっと扉の方に目を遣る。もう朝食が終わってしまうというのに、ライジーはまだ現れない。


 このお屋敷に来てからというもの、今か今かと朝食を待ちわびているライジーと食堂で会うのが朝の日課だっただけに、これは相当に珍しいことだ。


「そういえば、ライジーを知りませんか? いつもこの時間には食堂に来ているはずなんですけど……」


 視線を戻して尋ねると、レジナルド様は「あぁ、」と思い当たる節がある調子で頷いた。


「彼なら客間でまだ寝ているんじゃないかな。昨晩は寝入るのが遅かったみたいだから」

「そうなんですか。いつもならお腹が空いて目を覚ますくらいなのに……」


 それにしても、どうして客間で寝ているのだろう? ここしばらく、ライジーは屋根裏部屋を寝室として使っていた(程よい狭さと簡素な造りが気に入ったらしい)のに、珍しいことだ。


 私がふと考え込んだのを見て、レジナルド様がすかさず口を開いた。


「……昨晩、ソフィアが部屋に入った後だったかな。俺も自分の寝室で寝ようと二階に上がったら、彼がね、君の寝室の前に座り込んでいたんだ」

「えっ? ライジーが私の部屋の前で?」

「うん。で、どうしたんだろうと思って声を掛けたんだけど、相変わらず嫌われてるみたいでね。『リリーに近付くな』って威嚇されてしまったよ」

「そ、それは……申し訳ございませんでした」


 居候の身で屋敷の主人を威嚇なんて申し訳なさ過ぎて、私は深々と頭を下げて謝るしかない。昨日からライジーのレジナルド様に対する態度は威嚇一辺倒で、それは私が居ない場でも変わらないようだ。


「いいんだよ。彼は彼なりに、君のことを守ろうとしているんだろう。何しろ『番犬』らしいからね」

「あ、あはは……」


 レジナルド様のその一言に、私は苦笑いした。その『番犬』設定はずっと続くのでしょうか……?


「廊下ではろくに体を休めることができないだろうから、ソフィアの部屋には近づかないから自分の部屋で寝るように、って勧めたんだけどね。中々折れてくれなかったから折衷案を出したんだ。『君が俺を見張れる距離にいれば、安心できるだろう』って。そしたら素直についてきてくれたよ。一番の敵が目の届く場所にいれば安心だったみたいだ」

「そ、それは、大変ご迷惑を……」


 レジナルド様は面白そうに話しているけれど、私にとっては耳が痛い話だ。私のせいでライジーだけでなく、レジナルド様にまで気を遣わせてしまっているのだ。レジナルド様の寝室にベッドが二つ無いために客間で過ごすことにしたのだろうけれど、客間にはもちろんベッドなどなく、ソファーで寝ることになったに違いない。


「レジナルド様、きちんとお休みになれていないのではないですか? 旅でお疲れなのに……本当に申し訳ありません」

「あはは、平気さこのくらい。魔物討伐隊にいた頃は野宿で雑魚寝が普通だったんだから。おかげでどこでも寝れるようになったよ。たぶんドラゴンの腹の上でも寝れるんじゃないかな」


 そこでレジナルド様と目が合い、二人して吹き出してしまう。レジナルド様の冗談は本当に軽快で聞いていて気持ちがいい。


 そんなことを思っていると、食堂の外からバタバタという音が近付いてくるのに気付いた。


「~~~~リリー!!!」


 食堂の扉が豪快に開くのと同時に現れたのは、ライジーだった。取り乱した様子で息を切らす彼の姿を見て、私は一瞬驚いてしまう。


「ラ、ライジー?」

「こいつと二人きりだったのか?」


 そう言うライジーの視線の先はレジナルド様だ。視界の端でレジナルド様が息を一つ吐くのを感じながら、今日こそは何とか穏便に済ませられたらと願いつつ、私は答えた。


「え、ええ。朝食をいただこうと思って降りてきたら、すでにレジナルド様がいらっしゃったから……」

「俺が居ない間、リリーに触ってないな!?」


 突然ライジーがレジナルド様に向かってそんなことを言い出したものだから、思わずギョッとしてしまう。けれど、レジナルド様の方は至って冷静だ。


「そんな当たり前のように触るわけがないじゃないか」

「ヘンなことも言ってないな!?」

「お、落ち着いてライジー?」


 困った。ライジーのレジナルド様に対する物腰が昨日より穏やかになっているどころか、さらに険しくなっているのでは?


 レジナルド様が私に危害を加えるような人でないことは、一晩経てばわかるだろうに。こんなにも警戒するなんて、何がライジーをそうさせるのだろう。


 ご覧の通り、騎士として礼節をわきまえたレジナルド様が不躾に私に触れるどころか、おかしなことも言われたことがない。そうライジーをたしなめようとした矢先。


「う~ん…………ま、躱されたからセーフかな」

「お、ま……!!」


 ボソッと呟くように言ったレジナルド様に、ライジーが目を剝く。

 あ、あれ? レジナルド様?


「ライジー! お腹空いてるよね? ライジーも朝食をいただきましょう!?」


 このままでは一触即発だと思った私は、慌てて立ち上がり、ライジーの手を引っ張った。私の言葉でテーブルの上に意識が移ったらしく、ライジーは吸い込まれるように椅子に座ると、ひとつ頷いた。


「…………食べる」


 よかった。とりあえず一安心だ。


 その後、デボラさんがすぐにライジーの朝食を用意してくれた。先ほどまでの喧騒はどこへやら、隣の席でライジーが食事に没頭し始めたのを見てから、私はレジナルド様に尋ねた。


「ところで、聖女様はまだおいでになりませんね。お声掛けした方がよかったでしょうか……」


 聖女様の寝室は私の寝室の隣だったので、先ほど食堂に下りてくる際に声を掛けようか、少し迷った。けれどまだお休みになられていては迷惑になるし、侍女のミリさんもいるので、結局扉はノックせずに来たのだった。


「あぁ、彼女は朝が弱いからいいんだよ」

「そうですか……」


 何でもない様子でそう言ったレジナルド様の言葉に少し安堵していると、ゆっくりと食堂の扉が開かれた。扉から入ってきたのは、眠たそうなお顔で欠伸をしている聖女様(そんなお姿も本当に可愛らしい)と、そんな彼女の後ろにつくミリさんだった。


「なぁに、私以外揃ってるの? みんなして早起きね」


 聖女様がぼうっとした様子で食堂を見渡しながら言った。寝起きなのか、まだ完全に覚醒していないという感じだ。レジナルド様の言う通り、聖女様は朝が弱いようだ。


「聖女様、おはようございます」

「あ、いいのいいの立たなくて」


 私が挨拶のために立ち上がろうとすると、聖女様はひらひらと手を振って制した。求められぬ謙虚さは却って相手を不快にさせてしまうことを昨日で学んだので、私は静かに腰を下ろした。


 ミリさんが引いた椅子に座る聖女様に、レジナルド様が声を掛ける。


「おはようございます、アリア様。よくお休みになれましたか」

「まあね。内装は地味だったけど、ベッドの寝心地はよかったわ」

「それは何より」


 くっくっと笑うレジナルド様の横で、ミリさんが聖女様に尋ねた。


「アリア様、ご朝食はいつものように軽めでよろしいですか?」

「んー……」


 ミリさんがデボラさんにスープをお願いしているのを見ながら、王宮でしっとりと暮らす高貴なお方は食が細いのだと妙に感心してしまった。私自身が朝からしっかり食べる派だった(その後の畑仕事ができるように作られた習慣だった)ので、少し驚きだったのだ。


「あんた……朝からよくそんなに食べられるわね」


 テーブルの斜め向かいで一心不乱に食べるライジーに気付いたらしい。聖女様が呆れた様子で言った。


「それに朝っぱらから『リリーリリー』ってやかましいったらないわ。あんたの大きな声と廊下を走る音ですっかり目が覚めたわよ」

「ふーん、朝メシ食いっぱぐれなくて良かったじゃねーか。そのバーサン、ちょっとでも時間に遅れると昼メシまで待てって言うぞ」

「そりゃ食べる量が尋常でない人の場合ですよ。料理を温め直すのにどれだけの手間と時間がかかるか」

「ラ、ライジー……」


 ライジーが友人と話すかのように気軽に聖女様と話をしていることに恐怖を感じつつ、尊敬の念さえ覚えてしまう。聖女様を前に物怖じすることなく対応しているデボラさんにも本当に関心してしまう。私も二人を見習わなければ……と考えていると、ふとレジナルド様と目が合った。


「……彼らが普通じゃないだけだから。焦らなくていいよ」


 ニコリとそう言われ、私は苦笑いを浮かべた。私の考えていることが、見事に見透かされている。


 それはともかく、『番犬』設定の被害者が早くも二人目になってしまったことが気になる。


 私を守ろうとするライジーの気持ちはとても嬉しいし有難いのだけれど、こうやって共同生活をしている以上、周りを巻き込むのはやはり良くない。何より聖女様やレジナルド様は「敵」ではないのだから。


 このことは後でライジーと話をしよう、と心の中で決意すると、私は聖女様の方に向き直る。


「あの、聖女様。私とライジーは今から別のお部屋に移ろうと思うのですが……」

「? どうして?」

「聖女様は王宮でお暮らしなのですよね。その、お食事の場も静かな方がよろしいのかと……」


 聖女様ともあれば王宮で洗練された暮らしをされているはずで、食事もきっと厳かな雰囲気の中、美しく召し上がられているはずだ。……ライジーのようにガツガツと一心不乱に食べるのではなく。


 私の意図を汲み取ってくれたのか、聖女様はクス、と小さく笑った。


「……別に気にしないわよ。──むしろこの騒がしい感じ。昔を思い出すわ」


 そう言って微笑んだ聖女様の目が遠く見ている気がしたのは、私の気のせいかもしれない。



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