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引きこもり令嬢の読み聞かせ  作者: 方丈 治
第三章

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18-4 聖女降臨

「…………。……え?」


 まさか。聖女様なんてことあるわけがない。だってそんな尊いお方に、令嬢くずれの私なんかがお会いできるはずがないから。


 聞き間違いと思ってレジナルド様を見ると、私の頭の中の疑問符に気付いたのか、彼は頷きながら答えた。


「そう、聖女のアリア様だ」

「メ……ッ──!?」


 ──聞き間違いではなかった。


 あまりの衝撃に、言葉が出て来ない。けれど、ただ呆然としているのは無礼になる。私は慌ててカーテシーを行い、喉の奥を詰まらせながら挨拶の口上を述べた。


「……おっ、王国の偉大なる聖女様にご挨拶申し上げます……!」


 私に続き、デボラさんとラピドスさんも深くお辞儀をした。二人も突然の聖女様の訪問に戸惑いながらも、そつなく対応しているところは流石と言うしかない。


「これライジー! おまえも聖女様に頭を下げるのですよ!」


 デボラさんの声量を押さえた声が聞こえて振り返ると、ライジーは確かに堂々と頭を上げて立っていた。デボラさんの警告に対し、ライジーはつんとそっぽを向く。


「やだよ。俺をひざまずかせていいのはリリーだけだ」


 聖女様の御前でその発言に、私は何だか叫び出したいような、むず痒いような、肩身の狭い心地になる。


 正直、私はどうすればよいのか分からなかった。魔族であるライジーに人間のやり方を強制するのは違う気がしたからデボラさんのように咄嗟に言い聞かせることができなかったし、かといって、聖女様に不敬を働いたといってライジーが酷い目に遭うのも嫌だった。


 わずかな間の後、透き通った声が私に向かって降ってきた。


「顔を上げなさい」

「はっ、はい……」


 聖女様にそう言われたものの、畏れ多くて顔を上げることができない。私がもたついていると、聖女様のイライラした声が降って来て、私はさらに身がすくむ。


「あぁもう、いいって言ってるのに、じれったいわね」

「アリア様? そちらのご令嬢は貴女様を前にして、ひどく恐縮されているのです。そのような言い方はよろしくないかと……」


 聖女様の後ろに控えていた黒髪女性騎士がまさに私の状況を代弁してくれたので、私は心の中で彼女に何度もお礼を言った。


 それにしても、この国で最も尊い国王に次ぐ身分を持つ聖女様に、諭すような口の利き方をする彼女は一体何者だろう? そう思っていると、レジナルド様がその疑問に答えてくれた。


「彼女はアリア様の侍女だ」

「お目にかかれて光栄です。アリア様の侍女、兼、護衛のミリセント・クロスと申します。どうぞお気軽にミリとお呼びください」


 そう爽やかに微笑む彼女──ミリさんに、私は思わず見惚れてしまった。これほど凛とした女性を前にすれば、同性でも憧れてしまうのは無理もないと思う。


 その時、あることに気付いてハッとした。私はまだ名前さえ言っていない。慌てて聖女様の方を向くと、自己紹介を始める。


「あ……名乗りもせず、大変失礼いたしました。わたくしはマクネアス辺境伯家長女の──」

「ソフィアリリーでしょ、知ってるわ」

「えっ」


 聖女様のその言葉に、私は固まった。どうして聖女様が私をご存じなのだろう。


 ……もしかして、貴族社会になじめずに辺境地に引きこもった不出来な令嬢がいる、と王宮で噂になっているとか!?


「サーレットからあなたについての自慢話を、もうウンザリするくらい聞かされてるからね」


 それを聞いて私は少しだけホッとした。そういえば、お兄様は聖女様のおそばで仕えていると言っていたので、聖女様が私のことを知っているのはおかしくない話だったのだ。そしてレジナルド様や聖女様がライジーの存在に驚かないのも、あらかじめお兄様から聞いていたからかもしれない。


 けれど、ホッとしている場合ではないことに気付いたのもほぼ同時だった。お兄様は一体、聖女様に私のことをどういう風に伝えているのだろう……。何だか嫌な予感しかしない。


 私が心の中で冷や汗を流していると、聖女様はライジーの方に顔を向けた。


「ねえ。そこの魔物」

「あ?」


 聖女様をじろりと睨み返したライジーにヒヤヒヤしていると、聖女様がすうっと息を吸う。そしてその口から出てきたのは──涼しく爽やかな旋律だった。



 ──大いなる女神よ いとしき君よ

 いとしき子らに 祝福を

 なみする者に 天罰を

 地にほまれ栄え つくる者は

 ああ誰そ 選別したまえ──



 そこで聖女様は口を閉じると、ライジーをじっと見つめる。それに対し、ライジーは怪訝そうな顔で尋ねる。


「? なんだよ?」

「ふうん……サーレットの言う通り、一応害はないってワケね」


 聖女様がそう呟いたことで、私は我に返った。美しい歌声に聞き惚れている場合ではない。


 聖女様はきっと、ライジーを試したのだろう。魔族を退け、滅する力を持つ唱歌を歌うことで。


 ライジーが唱歌を目前で聞いても何ともなかったということは、人間に危害を加えない存在であるという証明になったのだ。


 とりあえずそのことにホッと胸を撫で下ろしていると、ミリさんが咎めるように口を開いた。


「アリア様! ソフィアリリー様の大切なご友人に、突然何をなさるのですか!」

「別にいいじゃない、何事も無かったんだから。それにこれで何かあれば、ここに居ていい存在じゃないはずでしょ」

「それはそうですけど……」


 ミリさんはため息を吐くと、私の方を向いて頭を下げた。


「ソフィアリリー様、ライジー様、大変失礼致しました……。アリア様はこのように潔いご性格でいらっしゃるので、ご不快な思いをおかけしてしまいました……」

「そんな。聖女様のお立場ではそのように行動されるのも当然のことですし。ね、ライジー?」


 私は慌ててそう言うと、ライジーの方を振り向いて尋ねた。けれどライジーは相変わらずこの三人──特にレジナルド様をいまだ睨んでいて、私の言葉など聞こえていないようだ。


 それから私はふわふわと白いものが舞い降りてくる空を見上げ、こう提案した。


「あ、あの、居候の身でこう申し上げるのも恐れ多いのですが……雪も降ってまいりましたし、中にお入りになりませんか?」



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