2-5 初めてのアイスクリーム
「ありがとう。もう泣いてないよ」
私がにこりと笑うと、動揺を残しつつも、ライジーは鼻をクンと動かした。
「……本当だ。もう擦り切れたにおいはしない」
「ライジーのおかげね」
ふふふと笑ったところで、ライジーが妙な表情をしているのに気付いた。私も何かが頭に引っかかっている。……何だろう。
「……ソフィア……この変なにおい、何だ……?」
「…………あっ‼」
はっと気づいて、私は立ち上がった。キッチンに急ぐと、火にかけたままの鍋を覗き込んだ。
「あ~~……やっちゃった……」
ぶすぶすと焦げた鍋の前で落胆していると、ライジーがショックを受けた顔で固まっていた。
「……オレのジャム……」
「だ、大丈夫! 底の部分が焦げただけだから。こうやって上の部分を別の鍋に移し替えて……と」
しょげかえったライジーを励ましながら、無事だった材料だけで煮詰めなおす。今度は焦がさないように注意していると、中身がとろっとしてきたので、火を止める。
お客様にお出しする前に、一度味見をしないと。そう思って、スプーンですくって食べてみる。
……あれ。これは意外にも?
「お待たせしました」
トレイに紅茶と本日のスイーツを載せて居間に運ぶと、テーブルの上に並べた。その瞬間から、ライジーが食いつくように手元を見てくる。反応は上々だ。
用意が終わると、私も椅子に座った。
「さあ、召し上がれ」
そう声を掛けると、ライジーが待ってましたとばかりに口を開いた。
「ソフィア! これ、なんだ? ジャムは分かるけど……スコーンじゃないのか?」
私がスコーンの代わりに作ったのは、温かいジャムを添えたアイスクリームだった。冷たいアイスクリームに温かいジャムという組み合わせは個人的に最高だと思うので、ライジーにもぜひ味わってほしかったのだ。
「うん、これはね、アイスクリームっていうのよ。スコーンでも良かったんだけど、せっかく作り立ての温かいジャムがあるからね。ほら、溶ける前に食べて」
「溶ける……?」
「説明は不要! 食べてみれば分かるから! ほら、こうやって──」
まずは私が食べ方の見本を見せる。スプーンでアイスクリームとジャムをすくい、ぱくりと口の中に入れた。
……ああ、鍋を焦がすトラブルもあったけれど、頑張って作った甲斐があった。というよりも、焦がしたおかげでジャムがカラメルの風味をもち、ほのかな苦みがアイスクリームの甘さを引き立てるという最高の仕上がりになっていた。
ライジーも私の真似をしてスプーンを持ち、おぼつかない手つきでアイスとジャムをすくった。一瞬だけじっと見つめると、ぱくっと頬張った。
「…………⁉」
ライジーの顔がギョッとしたかと思うと、次の瞬間には目をキラキラと輝かせていた。やはり、甘くて冷たくて、口の中で一瞬にして溶けていくものを食べるのは生まれて初めてなのか、本当にいい反応をしてくれる。
その後、ライジーはぱくぱくと食べ続け、あっという間にお皿はきれいになってしまった。
「おかわり!」
「ふふ、一回だけね? あんまり冷たいものを食べすぎると、お腹壊しちゃうから」
「獣人なめんなよ? こんなの、いくらでもいける」
その後、三回おかわりをしたライジーは(結局押しに負けてしまった)、文字の勉強に入った。




