森の先達①
「はぁ、なんとか戻ってこられた……」
「すみません、わたしが水浴びをしたいと言ったばかりに」
滝場でシャドウ・ウルフの群れに襲われた後、俺たちは野営地に戻ってきていた。
お互いその場に腰を下ろして息をつく。
「別にシンシアさんのせいじゃないよ。俺もあの後、汗を流す予定で賛成したんだし……」
それより––
あれって見間違えだったのか?
崖上に見た人影のことを思い出す。
……まあ、普通に考えて気のせいか。
この森に俺たち以外に人がいるわけないし。
きっと魔物か何かだ。
でも……シャドウ・ウルフたちを一瞬で倒したあの攻撃的な魔法。
あれって魔力を元にした黒魔術だよな?
あの場で魔法を扱えるのはシンシアさんしかいなかったけど、
彼女が使うのはステータスから考えて神性値を元にした白魔法系だ。
ーーじゃあやっぱり、あの場には誰かがいた?
俺は思考がまとまらない中、顎下の汗を拭う。
よく見るとシンシアさんも薄っすら汗ばんでいた。
これじゃあ、せっかく水浴びしたのに元も子もないよな。
「水を求めて川にやってくるのは、わたしたちだけじゃないのを忘れていました。今後は、水浴びは控えた方がいいかもしれませんね……うぅ」
「シンシアさん……」
こんな森の中だ。
楽しいことなんてそうそう見つかるものじゃない。
シンシアさんは水浴びが好きそうだし、何とかしてあげたいなぁ。
うーん、やっぱり水を引いて風呂を作るしかないのか……。
でもそれには技術だけじゃなくて人出もいるしなぁ。
あと今後も複数の敵に襲われる可能性は高いし、その辺の対策も早急に話し合っておかないと。
ぐぅ〜。
色々考える中、二人してお腹が鳴っていた。
空を見上げると太陽はもう真上にある。
「えへへ、お腹空いちゃいましたね」
「うん。ひとまずお昼にしようか」
◇ ◇
色々やることがあるので、昼もワイルド・ボアの肉で済ませることになった。
肉に火を通すのに時間がかかるため、その間に俺たちは夕飯で使う薪を集める。
森の中で木を伐採し、持ち運びやすいように整える。
運搬スキルをそれぞれに付与した後、二人で協力しながら運ぶ。
「ふぅ……お疲れ様、シンシアさん。薪割りはあとでやろうか」
「はい、スザクさんもお疲れ様でした。そろそろお肉が焼きあがる頃ですよね! ちょっと確認してみましょう♪」
野営地に帰還後、シンシアさんが我慢ならない様子で火の前に移動する。
「さあ、お肉さんお肉さん〜。火加減はどうですかね〜? ……って、あれ?」
「ん? どうかしたシンシアさん?」
「えええええっ!? 大変ですよスザクさん! お肉が、お肉さんが……見事になくなっちゃってます〜!!!」
「マジで!?」
俺はすぐに駆けつけて確認する。
焚き火上で串刺しにして焼いていた大きな肉が、棒ごとなくなっていた。
「わ〜ん! わたしたちのお肉がなくなっちゃいましたよぉ……! もうお腹ぺこぺこなのに〜!」
「お、落ち着いて、シンシアさん……肉ならまた焼けばいいからさ」
俺の肩を借りてわんわん泣く彼女を慰めつつ考える。
もしかして、シャドウ・ウルフの群れに居場所がバレた?
十分ありえる。
シャドウ・ウルフの群れは一際大きい体躯のものが仕切り、群れの数は二十匹以上に及ぶこともあるらしい。
でもさっき遭遇したのはせいぜい数匹にすぎない上にリーダーと思える個体もいなかった。
仲間想いで一度狙った獲物への執着心も強いって聞くし、もしかして近くまできてるとか?
…………いや、あるいは。
俺は辺りを警戒するも特に異変は見当たらない。
「ごめん、シンシアさん。もうちょっとお昼はお預けでもいい?」
俺は彼女に事情を説明し、泣く泣く了承してもらう。
そして再び肉を焼き、同じ状況を作った上で茂みに隠れて見張ることにした。
すると、早速動きがあった。
「あ、何か小さいのがやってきました……なんでしょう? 人形のように見えますけど、小動物でしょうか?」
「リス並みに小さいな……ここからじゃよく見えないけど、黒い猫っぽい何かに見える」
少なくともシャドウ・ウルフじゃないのはわかる。
せせこまと動く二足歩行の何かだ。
それらは焚火前にやってくると協力して肉が刺さった串刺し棒を手際よく下ろす。
「あ、やっぱりあの何かが犯人です! お肉を持って行っちゃいました! 追いますよ、スザクさん!」
「あ、ちょっと! シンシアさん!」
謎の生物は森の中へと入っていくので、その後を二人して追う。
「絶対に逃しません! それはわたしたちのお肉なんですから!」
十匹はいるだろうか。
すばしっこい黒いのは蛇行しながらこちらを巻こうとするも無駄だった。
そして俺たちはついに謎の生物を追い詰める。
「はぁ、はぁ……行き止まりです、もう逃げられませんよ!」
森の中にある半月状の大きな岩塊。
それが小さいものたちの行く手を阻んでいた。
小さいそれらは、黄色い目をした黒い猫のような生き物だった。
「悪いけど、その肉は俺たちのものだ。返してもら……ん?」
俺は言いかけてやめる。
謎の生物に気をとられて気づかなかったが、その後ろに白い丸まった何かがもそもそ動いていた。
よく見ると白く見えるのは、魔女が被るようなとんがり帽子とマントだとわかる。
「スザクさん、人です! こんな森になぜか人がいます!」
「ふへ?」
人らしきものが振り返る。
長い銀髪を二つの三つ編みに結った幼い少女だった。
その手には俺たちが焼いていたであろうワイルド・ボアの肉。
食欲のままに貪っていたんだろう。
その蕾のような小さな口の周りは脂ギッシュに汚れていた。
「えーと。なぁ君、なんでこんなところに子供がいるかわからないけど、それって俺たちの肉だよな?」
あまり警戒させないよう苦笑しながら尋ねる。
外人顔の可愛らしい少女はすくっと立ち上がっていた。
意志のはっきりした大きな瞳で俺を見つめ、力強くこう言い放つ。
「この肉は、まごうことなきウチの肉なんだら!」
だ、だら……?
「なぜなら、ウチがついさっきお前らから奪ったのだから!」
さも自分が正しいと言わんばかりに、ぺたんこの胸を張って偉そうに泥棒の理論を振りかざす。
彼女はニヤリと笑うとさらに言う。
「ついでにいうと、今届いた焼きたての肉も既にウチのなんだら。なぜなら、ウチがついさっきお前らからーー」
ゴンっ。
とんでもないガキだったので、ついゲンコツを振り下ろしてしまっていた。
こういう子供にはお仕置きが必要だった。
◇ ◇
森の中にぺしんぺしんと張りのある音が響き渡る。
「ふええええんっ! もうしないだら〜! 人の肉をとったりしないから、許してだら〜!」
俺は今、やるせない顔で少女の尻を叩いていた。
昔、自分が親に教育された時のように、薄い布の上から優しく叩く。
「はぁ……本当だな?」
「本当だら! もうしない、しないからぁ……ぐす、ひっくぅ」
「あの、スザクさん、お肉を取るのはすごくすごく悪いことですけど、本人も反省してるようですし、もうその辺で許してあげた方が……」
「まあ、シンシアさんがそう言うなら」
でもなんだろうな。
この子は甘やかしちゃいけない気がする。
俺は現実世界に年の離れた生意気な妹がいるのだが、その妹とどことなく似てるんだよな。
解放された少女は涙を拭いながらよろよろとスカートを上げる。
しかし、その直後、
「あーっはっはっは! 別に反省なんてしてないんだら〜。ウチはお前らよりも先にこの森にいる言わば先輩だらよ? その先輩が後輩から肉を取って何が悪いんだら? わかったら今後もウチとゴーレムニャンたちに大人しく肉を焼いて献上し続けるんだーー」
やっぱり甘やかしていいタイプじゃなかった。
俺はすかさず頭を両側からぐりぐりやって反省を促す。
「痛い痛い痛い痛い! このろくでなし! かわいいウチの尻をぶったかと思えば、今度はなにするんだら〜!」
「お前が反省しないから悪いんだろ? それに、先にこの森にいるんだとしても、先輩が後輩のものを取っていい道理にはならないだろうが。いったいどういう教育受けてきたんだお前は! ちゃんと反省しろ!」
妹のことを思い出したせいか、珍しくムキになってしまった。
それから数分後。
俺は少女を正座させた上で、罰として膝上に重石を乗せていた。
「で、お前の名前は? いったい何者なんだよ?」
「ふん……尻を触るようなヘンタイに答える名はないんだらよ」
いっちょ前なことを言い、むすっとする少女。
心配した様子のシンシアさんが俺に耳打ちする。
「あの、スザクさん、さっきのは一応謝っておいた方が……」
「いいんだよ、シンシアさん。こういうタイプは甘やかすとつけあがるんだから」
とりあえず俺の妹がそうなように、こういうタイプはまともに質問しても答えたりはしない。
切り口を変えてみるか。
「あー、それよりさっきさ、川で凄まじい黒魔術を使って誰かが助けてくれたんだよ。めちゃくちゃかっこよかったな〜。で、その凄腕の黒魔術師にお礼が言いたいんだけど、詳しいこと知らないか?」
「……凄腕でかっこいい?」
ぴくりと反応した少女は、次の瞬間重石を取り払っていた。
脇に置いていた青い宝石が施されたロッドを手にして立つと、マントを翻し、帽子のツバを抑えて決めポーズを作る。
「フッフッフ……あの黒魔術を放った者こそ、予言の書で魔王を討ち果たすとされている救国の白魔術師、このプラチナだらッッ! わかったら子供扱いするのをやめて、この空腹を満たすべく美味しい肉を差し出すだらよ!」
「名前はプラチナっと……で、腹が減ってるから肉が欲しいと」
お巡りさんが迷子の子供を相手にするように俺はたんたんと情報を整理する。
とりあえず最低限のことは聞けたな。
これ以上はこの場では無理そうだし、とりあえず連れて帰るか。
「子供扱いして悪かったよ。ところでプラチナ、お前向こうで一緒に肉食わないか?」
「え、いいんだら!? もちろん食べるだら!」
「そっか、じゃあほら行くぞ」
「わかっただら〜♪」
汚れのない純粋無垢な笑顔。
やっぱり子供だった。
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